認知症700万人時代まであと7年。にもかかわらず介護人材は不足し、現場の負担は増すばかりだ。そんな中、フランスで生まれた包括的なケア技法「ユマニチュード」が、国内でも注目を集め始めている。心を解きほぐしながら患者の状態をしっかりと把握して正面から向き合う点を特徴とする、認知症患者に有効な“やさしさ”を伝える介護である。迫ってくる認知症社会を、みんなが笑顔で過ごせる社会に変えていくポテンシャルを秘める。

2015年に厚生労働省や内閣府らが策定した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」によれば、日本の認知症患者は2025年に約700万人に到達。65歳以上では約5人に1人の割合になると見られている。家族の誰かが認知症になる、そんな時代が現実味を帯びてきた。

親が自分の存在を忘れてしまう、食事をしたことすら覚えていない、毎日どこかを徘徊する・・・。典型的な認知症の症状は、こんなイメージだろう。ただ、いざ自分がこうしたシーンに直面したら、どのようにケアすればよいか。読者の皆さんの多くは、そのイメージはほとんどわかないのではなかろうか。

目を見て話し、触れることでコミュニケーションの扉は開く

日に日に意思の疎通が取れなくなると家族も疲弊し、やがては介護施設や病院へ入院させるケースはままある。だからといって、認知症患者は心をなくしたわけではない。異なるアプローチで接すれば、再びコミュニケーションを取れるようになる。それを証明したのが、フランス発の包括的ケア技法であるユマニチュードだ。

フランス語で「人間らしさ」を意味するユマニチュードは、体育学を専門とするイヴ・ジネスト(Yves Gineste)氏とロゼット・マレスコッティ(Rosette Marescotti)氏によって1979年に開発された。「見る」「話す」「触れる」「立つ」を介護の4本柱とし、知覚・感情・言語による包括的なコミュニケーションに基づいてケアを行う。日本支部は2014年に設立され、国内でも年々導入する施設・病院が増えている。

ユマニチュードは「ケアする人とは何か」「人とは何か」という哲学的な問いかけを骨子とする。その哲学に則り、人との接し方、体育学に基づく理想的な体の動きなどを科学的かつ実践的なテクニックによって実現していく。

ケアする人が認知症患者に「これから体を拭きますよ」と話しかけ、普通に近づいて服を脱がせようと体に触れると激しく拒否される――。こうした場面は、認知症の現場では決して珍しくない。むしろ日常的ともいえる光景である。こちらが伝えたつもりでも相手にはまったく“何をするのか”が伝わっていないのだ。

これに対してユマニチュードでは、もっと認知症患者の目線で考え、ケアを実践する。まず大切なのは、患者自身が自分に話しかけられているのだということを認識できるようにすること。患者としっかり目を合わせながら、やさしいトーンや言葉で話しかけ、刺激の強くないところから触れる。認知症患者は、一般的にイメージするコミュニケーションの距離感では、話しかけられていると認識できないことが多い。そうした場合にユマニチュードでは顔と顔の距離を約20センチまで近づけることもある。

コミュニケーションをとっているつもりのない相手が突然自分に触れてきたら、誰でも驚く。認知症患者にとっては、従来の多くのコミュニケーションがそういう状況に感じられる。しかも自分を表現する機能の衰えもあって、驚いたり、よけたりする仕草が暴れているように見えることもある。認知症患者が認知できる距離感での「見る」「話す」「触れる」を組み合わせることで、従来の介護では難しかった“コミュニケーションの扉”が開く。介護者側も介護しやすくなるはずだ。

もう一つの「立つ」は少し観点が異なり、もしも患者が歩ける状態なら、立たせて歩かせるというもの。病気やケガにより寝たきりになった場合は、座らせたり、立たせたりする訓練も行う。体内の血流を促すことで身体機能の低下を防止し、少しでも認知機能の維持につなげるためだ。

ユマニチュード研修を行う日本の第一人者、本田美和子医師(右、国立病院機構 東京医療センター 総合内科 医長)
写真はエクサウィザーズ提供。

実際のコミュニケーションでは、「出会いの準備」「ケアの準備」「知覚の連結」「感情の固定」「再会の約束」といった5つのステップを踏んで、濃密なやり取りをする。今どんなケアをしているのか、実況中継しながら話しかけるのもポイントだ。このサイクルを通じて認知症患者に安心感を与え、「あなたは大切な人」と伝え続けることが鍵となる。

こうして、意思疎通が図れず表情に乏しかった患者に笑顔が戻り、身体機能が回復した事例は数多い。実際にそうした場面を目の当たりにして、日本におけるユマニチュード研修の第一人者となったのが、国立病院機構 東京医療センター 総合内科 医長の本田美和子医師だ。発語すらできず、経口摂取ができないため胃ろう造設さえ視野に入れていた寝たきりの女性患者が、みるみるコミュニケーションできるようになったという。