
オーストラリアで料理ブームのきっかけとなったのが、数年前に放送されていた日本の料理番組「料理の鉄人」です。ライブで繰り広げられる料理は、英語の吹き替えがつき、国籍を問わず視聴者をひきつけたのです。それ以来、アメリカやイギリスの料理番組もお茶の間ならぬリビングルームを賑わせ、ついにオーストラリア独自の料理番組が生まれ、前代未聞の高視聴率を記録することとなりました。セミプロ級の素人がテレビ画面上で料理の腕を競い合うコンテストタイプの料理番組に、国民全員が夢中になって毎日テレビにに釘付けです。そのあおりを受けて、調理器具やグルメ食材のマーケットも活性化。そして今大変人気を集めているのが、料理教室なのです。

2008年、まさに料理ブームに火がついたばかりの頃、私はシドニーを中心にお客様の自宅に出張して料理のサービスを提供する「DiningStory」を立ち上げました。私自身の東京やフランス、ドミニカ共和国他世界各地での料理経験をいかし、レストランで働くよりももっとダイレクトにお客様と料理を通じたコミュニケーションをとりたいという思いから、出張という形に至りました。
前の通り、お客様の背景にあるストーリーを大切にしていきたいというのがコンセプトです。本当のおいしさに添加物はいらないという信念の元、厳選したオーガニック素材や地元の産物と、みそやたまり醤油、ドライフルーツ、ジャムに漬物などできるだけ手作りの調味料や保存食を使うことで合成添加物の使用を極力控えています。
DiningStoryでは、お客様の特別な日を世界にたったひとつのカスタマイズされたコースメニューで演出する「オーガニック美食体験」、季節ごとに和食とフランス料理のヒュージョンを学べる「オーガニック料理教室」、そして1週間分の料理をまとめて作って保存する「ホームクッキングサービス」の3つのサービスを提供しています。料理ブームのさなか、やはり最も人気が高いのがオーガニック料理教室です。

今回は、ご夫婦の結婚記念日と奥様のお誕生日のお祝いを兼ねた料理教室の模様をリポートしたいと思います。
この日はお2人の結婚記念日。ご主人のジェレミーさんから、少し前にお問い合わせをいただいたとき、奥様のジャンさんは料理が大好きで腕もなかなかのもの、レパートリーも広いので、少し凝った和食とフランス料理のヒュージョンを教えてあげてほしいというご要望でした。
お2人での料理教室として申し込んでいただいていましたが、ジェレミーさんは写真が趣味ということもあり、この日もカメラマンに徹していらっしゃいました。9歳になる長男のゼイン君も様子が気になるようで、何度ものぞきにやってきて味見をしてみたり、まるで料理番組のような雰囲気。
1品目はサーモンのコンフィ、ジンジャー風味、2品目となるちらし寿司と共に、ひとつのお皿で仕上げて生きます。コンフィというのは、低温の油で煮る料理法ですが、今回は生姜の効いた照り焼きソースでしっかりマリネした後に、刷毛でごま油をぬり、低温のオーブンでじっくり全体を半生状態に加熱していきます。

ちらしずしのネタにサーモンのコンフィといくらを使うというアイディアなので、ちらしずしはシンプルにすし飯とにんじん、しいたけを煮たものを混ぜ、錦糸卵やさやいんげんの千切りを散らします。錦糸卵や薄焼き卵は海外ではあまり見られないので、メニューに入っているととても喜ばれます。できあがりの状態だと、素材が何で、いったいどう作られているのか、想像も付かないからかもしれません。
お料理の得意なジェンさんは、初めての薄焼き卵もお手の物、上手に薄く均一に焼き上げることができました。包丁使いも手慣れているだけでなくとても丁寧でしたが、美しく見える切り方は普段はあまり意識しないもの。ちょっとしたアドバイスで見違えるほど上手になっていらっしゃいました。
調理道具は基本的にご家庭のものをお借りしています。ただし、包丁だけは愛着のある「東京杉本」の牛刀とぺティナイフその他を持っていきます。日本の老舗の包丁はやはり世界トップレベルだと私は思っています。多くの方はスイスやドイツなどの立派な包丁を使っていらっしゃるにもかかわらず、この杉本の包丁を使っていただくとその違いに驚かれます。何度となくお客様から同じものがほしいと後日ご連絡いただき、包丁を手配してきました。この日も、ジェレミーさんが料理教室の後ジャンさんに新しい杉本の包丁を2本、日本から取り寄せたそうです。

さて、3品目は鶏の胸肉のブリーチーズとのりの包み揚げです。海苔でブリーチーズを巻いたものを、やわらかい鶏の胸肉で包み、芽葱を混ぜたキメのこまかいパン粉をまぶして揚げ焼きにした一品です。
こちらは巻いたり包んだりする過程でこまかい手作業が必要ですが、きれい好きで几帳面なご夫婦の性格をうかがわせるキッチンだけあり、とても丁寧に作っていただきました。海苔とブリーチーズのハーモニーは、驚くほど絶妙です。「自分では決して思いつかなかったわ」と、セミプロ級のジャンさんもとても満足されていた模様。
レストラン並みを目指すには、仕上げの盛り付けも重要なポイントです。最初に、「盛り付けが課題」と聞いていたので、いくつかのアイディアをデモンストレーションし、そしてジャンさんに仕上げていただきました。
2時間の料理教室の間、ご主人のジェレミーさんは真剣なまなざしで撮影に取り組んでいらっしゃいました。最後にみんなで食卓を囲み、試食の時間です。ご自分で作られた普段とはがらりと違う料理に、お2人ともご満悦。ひとつひとつを吟味するお2人に、今度はアレンジ方法などもお話させていただきました。
実はこのご夫婦、ジャンさんが料理を担当し、ジェレミーさんが写真を担当し、お2人でいつか料理の本を作ろうと考えているとのこと。記念になるようなアルバムがわりの料理本を共同制作したい。そんな素敵な夢をお持ちのご夫婦、そしてゼイン君との時間はとても温かく和やかで、幸せな香りに満たされていました。この日のできごとが、新たなDiningStoryとしてご家族やお友達に語り継がれていかれたら、それが私の本望です。
