Editor's EYE

2012年12月14日(金)

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 「セロトニントランスポーター遺伝子」をご存知でしょうか。「不安遺伝子」あるいは「恐怖遺伝子」といった呼び名でテレビ番組でも紹介されているので、耳にされたことがある方もいるかもしれません。

 セロトニンという神経伝達物質は人の気分に大きく関係しており、これが不足すると不安を感じるようになったり、時にはうつ病の症状が出たりします。このセロトニンの量を調節しているのが、セロトニントランスポーターというタンパクで、神経細胞から出たセロトニンを再び細胞内に取り込む役割を担っています。そしてセロトニントランスポーターというタンパクの機能を決めているいるのが、セロトニントランスポーター遺伝子というわけです。

 英エコノミスト誌は昨年、「幸福の遺伝学 喜びを運ぶもの」と題する記事を掲載しました。同記事は、このセロトニントランスポーター遺伝子について取り上げています。

 記事などによると、セロトニントランスポーター遺伝子は長さによって、短いS型と長いL型の2種類に分かれているそうです。遺伝子は父親と母親から1つずつもらってできていますから、人はS型を2本持つSS型、L型を2本持つLL型、そしてS型とL型を1本ずつ持つSL型に分類されます。そして、S型はL型よりも遺伝子の発現量が少ない、つまり、セロトニントランスポーターを生み出さないため、その結果として、SS型の人はSL型、LL型よりも不安を感じやすい傾向にあることが分かっています。

 さらに、SS型、SL型、LL型の比率は人種によって異なり、エコノミストの記事では、ある調査の結果として、L型の平均本数が黒人で1.47本、白人で1.12本であるのに対し、アジア系の人の平均は0.69本であると記されています。つまり、黒人や白人の場合は多くの人がL型遺伝子を持つのに対し、アジア人はL型を持つ人が少なく、SS型が多いことになります。中でも日本人は、S型を持つ人の割合が高いと言われています。

 ここまでセロトニントランスポーター遺伝子について長々と説明してきたのは、日本人の悲観主義について考えたかったからです。

 日本人は悲観的だと言われます。確かに「明日はどうにかなるさ」と将来を楽観的にとらえるより、この先に起こり得るリスクを考え、対処する方が「日本人らしい」と言われればそうかもしれません。セロトニントランスポーター遺伝子の理論に従えば、そうした“日本人らしさ”も遺伝子が決めていることになります。

 そういった意味では、最近のアジアを中心とした新興国経済を巡る報道も“日本人らしさ”にあふれています。つまり、中国やインドの経済成長率が鈍化していることをとらえ、「中国は(あるいはインドは)もう終わりだ」などと悲観的にとらえるやり方です。しかし、こうした見方そのものが、我々が祖先から受け継いできた遺伝子のいたずらだとしたら…。

 2012年12月17日号特集「沈まぬアジア 『景気失速』のウソ」では悲観的な先入観を廃し、徹底した現地ルポでアジア経済の本当の姿を切り出しています。取材班が中国やインドなどで見たのは、これらの国が秘めている底知れぬ成長余地でした。そして、現地を知悉する企業ほど、悲観論に振り回されることなく、地道に需要を開拓していることも分かりました。

 同様のことは、日本についても言えるかもしれません。確かに、日本の経済は低迷が続き、国の借金が雪だるま式に増えています。人口減は止まらず、年金などの社会保障は崩壊寸前です。

 しかし、海外から見れば、日本はまだまだ「良い国」に見えるようです。公益資本主義を提唱するデフタパートナーズの原丈人グループ会長は、来日した世界銀行の首脳にこう言われたそうです。「日本は衰退していると聞いていたが、社会インフラは充実し、街はきれいで、人々には活気がある。聞いていたのとまったく違った」。

 我々もそろそろ、S型のセロトニントランスポーター遺伝子の呪縛から逃れ、L型遺伝子を体内に組み込む時期がやってきたのかもしれません。

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「遺伝子の呪縛を超えて」の著者

小平 和良

小平 和良(こだいら・かずよし)

日経ビジネス上海支局長

大学卒業後、通信社などでの勤務を経て2000年に日経BP社入社。自動車業界や金融業界を担当した後、2006年に日本経済新聞社消費産業部に出向。2009年に日経BP社に復帰。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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