今月のビッグイシュー

欧州の劇場で見た、紳士たちの壮絶な席取り合戦

Walk on the Wild Side:ドイツ音楽と映画の旅・番外編

文/写真:谷口 潤 01.22.2015

インターネットのない時代は、コンサートチケットもホテルも鉄道も予約は大変だった。しかしながら手続きが大変だと、それだけ旅の思い出も増えるというものだ。

前回、ベルリン・フィルのチケット入手についての今昔を書いた。現在、欧米におけるたいていのコンサートチケットは、インターネットで購入できる。振り返ると、インターネットのない時代は、コンサートチケットもホテルも鉄道も予約は大変だった。しかしながら、手続きが大変だと、それだけ旅の思い出も増える。

今回はそんなチケット予約と座席確保にまつわる旅のエピソードと共に、海外のチケット購入は難しいと思われている方に向けて、欧州でのコンサートチケットの入手方法について紹介する。

古い劇場で観客に求められる能力とは?

現在、欧米ではたいていのコンサートチケットはネットで入手できる。本人確認はクレジットカードでなされるので、公演前に劇場にあるボックスオフィス(チケット売り場)でクレジットカードを提示すれば、その場でチケットを渡してくれる。また、昨今はネットでチケット購入した段階でサイトからダウンロードできたり、主催者から送られてくるメールに添付されていたりしており、自宅でプリントアウトができる。

このプリントアウト方式はなかなか重宝する。開演直前のボックスオフィスはひどく混雑するため、プリントアウトしたチケットを持参すれば、それを避けることができるからだ。

特に古い劇場の場合、通路が狭い。開演間近に押し寄せる観客を避けつつ、チケット売り場を探すというダンジョンマスター的な能力も求められる。さらにボックスオフィスの場所は大きな劇場だとわかりにくい場所にあることが多く、ボックスオフィス探しに難儀したりもする。これらを避けることができるのが、事前に自らチケットをプリントアウトする方式なのである。

コンツェルトハウス・ベルリン、正面玄関の下。通常はこのあたりにボックスオフィスがあるのだが、なんとここは劇場横のカフェ内を通り抜けた奥に窓口があった。わかりにくい場所の代表格かもしれない(笑)

旅先でチケットを購入した場合、手持ちのプリンターがなくてもホテルのフロントにチケットを添付したメールを送り、「プリントアウトをお願いします」と伝えておけば、フロントでチケットを受け取り、ギリギリで劇場入りすることも可能だ。

日本もそろそろこの方式にならないものかと思う。多くの場合、ネットで支払手続きをした後は配送かコンビニで受け取りとなる。しかし、高い発券手数料まで取られて、なぜわざわざコンビニで受け取る必要があるのだろうか。海外では主催者に発券を依頼しても請求は送料プラス小額の手数料だけであり、自分でプリントアウトすれば、もちろんチャージはない。ドイツでは長距離鉄道の乗車券ですら、このプリントアウト方式だった。

ネット購入のよい点をもう1つ。旅先でみっちりコンサートやオペラ観劇の日程を組んでいたところ、会場であるコンサートホールから突然コンサートがキャンセルになった旨のメールが届いたことがある。海外のボックスオフィスはインターネットでのチケット購入者に対して、こういった通知を個別にメールで送ってくれるので、公演がキャンセルになったことを事前に知ることができる。

親切に返金方法も書かれてあり、それを選択することができる。窓口での現金手渡し、銀行振込、他の公演とバーターなどといった具合だ。このときは公演前々日とかなり直前のキャンセル連絡ではあったが、それでも事前に知らせてもらえれば、わざわざ劇場まで出向いたところで失望したり、旅先で突然に生まれた空白時間の対処に困ったりということにはならない。

予約券待ちで一緒に並んだオランダ老婦人の話

インターネットのない時代はチケットもホテルも鉄道も予約は大変だった。しかし、チケット購入が大変だったからこそ、思い出に残る話がある。

まずはA.C.O(アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団:現ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)のチケット購入時の話だ。1998年のことである。

列車でアムステルダム駅に着いてすぐ、駅のインフォメーションで公演チケットが購入できないかを確認した。過去の経験からインフォメーションでチケットが手に入るケースもあるからだ。売り切れの場合は、当日券の購入方法を教えてもらう。たいていは開演の数時間前にコンサートホールの指定された場所に行き、ときには寒空の下で震えながら並ぶ。

この時は並んで予約券を入手し、開演ぎりぎりに再度劇場に行き、なんとかキャンセルチケットを手に入れることができた。今でも当日券やキャンセルチケットの購入を同じプロセスで行なっている劇場は多い。

寒空の下、予約券待ちで並んでいたのだが、同じく並んでいる老婦人にたいへん親切にしてもらった。アムステルダムのことや当日の奏者(チェリストのヨーヨー・マであった)のオランダでの人気、当時常任指揮者だったハイティンクがいかに素晴らしい指揮者であるか、といったことを丁寧に説明してくれた。

この日の指揮者はハイティンクではなくブロムシュテッドであったが、この指揮者は良いかどうかよくわからない(笑)ともおっしゃっていた(ちなみにブロムシュテッドは現在は巨匠格である)。その後は、いかにコンセルトヘボウのホールの音響が素晴らしいかといったお国自慢に発展し、世界的に有名なこのホールがオランダ人の誇りであることを知らされ、ますます当夜の演奏が楽しみになった記憶がある。

1998年当時のコンセルトヘボウ

ミラノ・スカラ座「席取りの鉄則」

1988年に訪れたミラノのスカラ座では、さんざん苦労して一公演しかないプラチナチケットを入手した。

入手したチケットはPalco(パルコ)と呼ばれる馬蹄形の劇場で横側のバルコニー状態のボックス席であった。1つのパルコに数名の観客が相席となるが、舞台に向かって横側に位置するボックス席なので、手すりに近い前列に座らないと舞台がよく見えない。そして、パルコ内の席は早い者勝ちときている。それゆえに、開場と同時に壮絶な席取り合戦が展開されるのだ。

プラチナチケットだけあって、皆良い場所で聴きたいし、舞台も観たい。事前に現地の知人から受けた席取りの指南は極めて具体的かつ厳しいものだった。「入場する際は一斉に劇場玄関ドアが開くが、あのドアから入るのがよい。入ったら一斉に皆が走り出すので、そこで負けてはならない。ダッシュで3階まで駆け上がったら首から金色のチェーンをさげたパンフ売りの人に素早くチケットを見せて最前列をとる。前列の席を確保したらトイレも含めて開演まで絶対に動くな」というのだ。

指示通り無我夢中で走った結果、よい席を確保できたのだが、先に到着し隣席に座ったミラノ紳士から「初めてなのによく良い席を押さえたな。開演まで絶対動くなよ、動いたら他の人に取られるぞ」と同じことを言われた。

演奏会はもちろん素晴らしいものだったが、ミラノ紳士たちがこぞって壮絶な席取り&ダッシュを繰り広げる姿も面白かった。土産物にするために翌日劇場を再訪し、劇場の方に頼み込んで当日の公演ポスターをいただいたのもよき思い出である。

ミラノ・スカラ座におけるコンサート当日のポスター。指揮者のアバド、ピアニストのポリーニというミラノ出身の2人がウィーン・フィルを引き連れての凱旋コンサートであった