クローズアップ

「クリエイティブのABC」: 2015年3月号

プロダクトデザインもブランディングを意識する時代に

Design Studio S代表・プロダクトデザイナー 柴田文江氏

2015年2月20日(金)

西澤:柴田さんはもともと東芝のインハウスのデザイナーでしたが、どういったきっかけで独立されたのでしょうか。

柴田文江氏 しばた ふみえ
●Design Studio S 代表、武蔵野美術大学教授。インダストリアルデザインを軸に幅広い領域で活躍。主な作品に無印良品「体にフィットするソファ」、オムロン「けんおんくん」など。毎日デザイン賞、グッドデザイン賞金賞、ドイツiFデザイン賞金賞など受賞多数。著書に『あるカタチの内側にある、もうひとつのカタチ』。(写真:丸毛 透)

柴田:実は私は、最初から独立する希望をもっていました。だから将来、フリーランスのデザイナーとして生きていくことを考えて、入社先も決めました。当時、大学の就職課に行ったら、東芝はすごくいい会社で、教育してくれるし、女性が働きやすいという話を聞きました。それに独立する場合、東京の会社の方がやりやすいかなとも思いました。家電メーカーでありながら、制服がないところも気に入りました(笑)。仕事は本当に面白く、工業デザインとものづくりの基本は東芝で一から教えてもらったので、今でも非常に感謝しています。

西澤:独立後、仕事の依頼はすぐに来たのでしょうか。

柴田:仕事はありませんでした。今みたいにインターネットもないので、まずは新聞の求人欄を見て「デザイナー募集」の企業に履歴書を送りました。社員に応募するのではありませんが、デザインの仕事はないですか、と聞いたのです。

西澤:デザインに困っている企業だからですね。

柴田:ほとんど断られましたが、そのうちの1社から仕事をいただくことができました。小学校の教材メーカーで、アサガオの鉢を作ったり、電池で動く車を作ったりしました。これがフリーランスになって最初に手掛けた仕事です。

西澤明洋氏 にしざわ あきひろ
●エイトブランディングデザイン代表。ブランドから商品、店舗の開発など幅広いデザイン活動を行う。独自のデザイン開発手法により、リサーチからプランニング、コンセプトまで含めた一貫性のあるブランディングデザインを数多く手掛ける。著書に『ブランドのはじめかた』『ブランドのそだてかた』など。

西澤:柴田さんが独立されたころ、プロダクトデザインの分野では、まだフリーランスのデザイナーは少なかったのではないでしょうか。

柴田:私が独立した当時、日本のプロダクトデザイナーはほとんどインハウスの方でした。もちろんフリーランスの方はいましたが、できあがったものを誰もが「私がやりました」と言える時代ではなかったように思います。今はフリーランスの存在が注目を浴びていますが、当時はメーカーの影に隠れ、あまりメジャーな存在ではなかったのかもしれません。当時のフリーランスとインハウスの関係は、下請けとクライアントのようなものかもしれません。今はそれぞれの特性を生かし、互いに補完する関係になってきていると思います。

西澤:独立された当時のプロダクトデザイン業界と今では、変わってきたのでしょうか。

柴田:フリーランスの方がすごく増えましたね。それにインターネットなどの活用で、若いデザイナーも自分の作品を広くアピールできる環境になってきました。以前は大量生産が中心でしたが、ネットを使えば、少量生産でもビジネスになる。クライアントの発注のやり方も変わりましたし、若いデザイナーが活躍できる場面が、今は増えてきているのではないでしょうか。

 かつては大企業からの依頼が多く、フリーランスにとっても、そうした仕事を取らないと生きていけなかったでしょうね。でも今では、お父さんと息子さんでやっている会社からも依頼があったり、デザインに掛かるお金もいろいろな支払い方法があったりするので、企業規模に関係なくデザインのさまざまな需要はあるようです。特に最近は、若いプロデューサーもいるし、デザインの仲介というか、デザインとビジネスを翻訳するような人もいます。デザインで何とかしたいと思う作り手と、デザイナーがつながりやすくなったと思いますね。

西澤:クライアントからの依頼は、どのように来るのですか。企業によって仕事の進め方は違うのでしょうか。

柴田:ほとんどの場合、最初にメールが来ます。うちのスタッフが見た後に私に回してきます。「会いましょう」となると、まず社長に会うときもあります。それで内容を聞いたり、工場や設備を見せてもらったりします。社長のやる気も重要ですね。

西澤:そうですね。

柴田:社内の技術者に話を聞くことも大切です。どのような方向で作っていけるのかをまず聞いてから、私からデザインを提案します。それを見ていただき、了解が出ればすぐに量産につながるケースもあります。割とシンプルなプロセスと言えるでしょう。

 クライアントが私の作品を、ネットなどで吟味していただいているようで、「こういうデザインが欲しい」「こうしたデザイナーを探している」と決めてから連絡してくるので、あまり間違いがないんですよ。

 デザイン事務所はたくさんあり、うちよりも大きい事務所もあるのに、わざわざ選んで来てくださるのは、私の「ど真ん中」のデザインを期待しているのではないかと。いろいろなタイプのデザインを手掛けることができる会社は、規模が大きくないと難しい。うちみたいな規模の事務所ではそうはいきません。

西澤:柴田さんの事務所には、何人くらいの方がいるのですか。

柴田:うちは今、4人です。あと2人ぐらい欲しいのですが。

西澤:今、柴田さんは大企業のデザインも手掛けています。そうした企業から非常にたくさんの仕事があると、もはや個人事務所で可能な規模ではなくなってきていると思いますが、どう対応しているのですか。

柴田:大事なのは、いかに方向性を示すかです。それは規模の小さい事務所でも対応できる。実際の作業はアウトソーシングの可能性もあるし、インハウスの方もいらっしゃる。そういう人たちと、どうやって協働していくかが重要です。

 以前に携帯電話機のデザインをした経験がありました。当時も5人か6人ぐらいでしたが、2機種のプロダクトだけでなくパッケージや販促物、インターフェースまでやったんですよ。もう、すごく大変でしたが、そのとき実感したのは、自分で一貫したディレクションを行うことの重要性でした。

全体のディレクションも手掛ける

西澤:プロダクトデザインだけでなく、ディレクションまで意識したのは、携帯電話機の仕事からですか。

柴田:はい。そのときは若かったし、何とか対応できましたが、当時の経験から、こうしないとプロジェクトは完結しないと思いました。

西澤:プロダクトデザインの方がディレクションまで含めてブランド全体を見ていこうというのは、プロダクトの業界でも大きく起こっている動きですか。

柴田:ものづくりでは、まずプロダクトが発生し、次にロゴなどをどうするかというのが業務の順番です。メーカーにとってのブランディングは、商品自体がブランドを象徴していることが基本と言えます。だから今後、デザインの業務でもそうした広がりが出てくるのは、自然の流れでしょうね。

西澤:プロダクトだけでなく、最近はサービスの仕組みを考えることもデザインの領域とみられているようです。

柴田:デザインでは、いろいろな知見とか能力をやりとりすることが求められます。実際、優秀な経営者の中には、デザイナー的な視点をもった方もいます。デザインと言ってしまうと分かりやすいのですが、そこには多くのビジネス的な要素まで含んでいるのでしょう。

西澤:私は柴田さんが最近手掛けた、新しいカプセルホテル「9h(ナインアワーズ)」がすごく気なっていて、京都に泊まったりしたほどです(笑)。見た目も格好いいし、素晴らしい空間を演出しています。単なるデザインだけでなく、ホテルとして回転率とかメンテナンスをどうするかといった経営の根幹に関わる部分までデザインされているのではと思いました。

カプセルホテル「9h(ナインアワーズ)」は新しい宿泊機能や価値の提供を目指した(写真は成田空港にある施設)

柴田:実は最初の京都店をつくるまでに1年半ぐらい議論していました。経営者はとても熱い方で、宿泊の概念を変えたいと言うのです。そうなると機能を変えたり、カプセルユニットの大きさを見直したり、すごく密なやり取りがありました。最後は私の考えなのか経営者の方の考えなのかが分からなくなったほどです。彼も最初はデザインの「デ」の字も意識してなかったと思いますが、今ではデザインの意味を深く理解されています。

西澤:素晴らしいです。私はブランディングのセミナーなどで、“経営者にはデザインのリテラシーが必要で、デザイナーにも経営のリテラシーが求められる”、ということをよく話します。今の話ですと、経営者の方がかなり歩み寄っているようです。柴田さんはどこまで経営に踏み込んで行ったのでしょうか。

柴田:会社の理念的なところはタッチしていきますが、ホテルの稼働率や宿泊価格といった数字の話まではあまりしませんでした。しかしホテルの候補地を決める時などは、現場を必ず見に行きます。

西澤:デザイナーでそこまで関わる人はいないのでは。外側のデザインだけを求めるケースがほとんどでしょう。

柴田:今、モノだけの仕事はむしろなかなかないかもしれません。ほかのクライアントでも、コミュニケーションの部分まで関わっています。企業の経営を意識してデザインしているという意識はないのですが、モノのデザインを追求していくと、結果的にそうした部分にも自然に関わっていくようです。

スタッフとは「二人羽織」で

西澤:なるほど、ものづくりのデザインの領域が広がってきているのですね。柴田さんのデザインは独特なものがあると思っていますが、チームで作業を進めるときは、どのようにしているのでしょうか。例えば社内のデザイナーをどう鍛えているのか興味深いところです。

柴田:そんなにスタッフもいないのですが、あえて言うなら、私とスタッフが一緒になって進めていく、いわば「二人羽織」みたいな感じでしょうか。スマートに概念だけを相手に伝えて、できるのならいいのですが、それは難しい。だからスタッフの人数も限られるのでしょう。うちのようなデザイン事務所では、スタッフが6人ぐらいが適正な規模だと思います。それ以上に広げるつもりもありません。

西澤:商品点数が多い企業の仕事は、どのように対応しているのでしょうか。

柴田:既存の商品を全部やり直すのは難しいですが、全体としての方向性を打ち出したり、新しく生み出したりする商品についての対応は可能です。

東京の青山ブックセンターで開催された「クリエイティブのABC」の公開インタビューの模様

西澤:インハウスのデザイナーの方との協業も結構、積極的なのですか。

柴田:今、やり始めたばかりです。どのように進めるかは模索中ですが、例えば代表的な作品を私がつくってインハウスの方に事例で示したり、それを見てインハウスの方がつくった作品にアドバイスしたりするようになるのでしょう。

西澤:そのときの柴田さんの立ち位置は、社内の「クリエイティブディレクター」になるのですか。

柴田:何でも相談していい「全体を見ているデザイナー」ですかね。

西澤:そういう関わり方ですと、プロダクトデザイナーと言いつつブランディング的に近いと思いますが、ブランディングについて柴田さんはどう考えているのでしょうか。

柴田:ブランディングしている意識はありません。ブランディングという言葉を使うこともありませんし、グラフィックデザインには本当に素晴らしい能力の方がたくさんいます。ブランディングとなると、最終アウトプットはどうしてもグラフィックの表現が必要になりますし、自分はそこまでは関わらないので、ブランディングしている意識がないんですよ。

 ただしプロダクトに関わっている立場からすると、変なグラフィックを付けられるのは嫌ですから、このグラフィックデザイナーにお願いしてほしいと言うことはあります。そのデザイナーの提案に対して、クライアントが言うよりも的確にアドバイスできるでしょうね。

西澤:最後の質問ですが、柴田さんにとってプロダクトデザインを一言で言うとどうなるのでしょうか。

柴田:デザインは人が人らしく生きるための知恵だと思うんですよ。単なる利便性だけではないのです。人が人らしく生きるためなら、手間が掛かってもそれが本当に人間らしい暮らしであれば、そっちが正しいのです。

西澤:なるほど、いい話ですね。デザインの新しい広がりを感じます。本日はありがとうございました。

対談を終えて…… 人と社会と企業をつなぐプロダクトデザイン

 私はブランディングは3つの階層から成り立っていると考えている。それはマネジメント、コンテンツ、コミュニケーションの3階層だ。単純にブランディングデザインというと、コミュニケーションのデザインのみを思い浮かべてしまうが、実際にはマネジメント、コンテンツ階層との整合性が、強いブランドを生み出す鍵となる。マネジメントとコンテンツ力が高い企業であれば話が簡単であるが、現実の経営はコミュニケーションだけで解決できる課題はほとんどない。

ブランディングデザインの3階層

ブランディングにつながるデザイン

 柴田さんは、プロダクトデザインを突き詰めていくことで、ブランドにとって圧倒的なコンテンツ力を作り出している。それは結果的にマネジメントやコミュニケーションに良い影響を与えている。これはまさしくブランディング的なデザインだ。注目したいことは「人が人らしく生きるための知恵」という、柴田さんのまっすぐなデザイン哲学から生まれる造形そのものである。柴田さんの生み出すシンプルでしなやかな生命感のあるデザインは、マーケティング思考なデザインではなく、とても人間的である。そういった商品は企業の営利目的を超え、普遍的な社会性を獲得し始めている。

人間中心の本来のデザインへ

 今、日本の多くのメーカーは、ものづくりの現場で、マーケティング思考に陥りすぎているように思う。当然そこで作られるデザインの多くも、そうである。しかし、商品のデザインそのものが、企業としての普遍的なビジョンを体現することができれば、それはブランディングにつながる大きな財産となる。

 柴田さんのデザインは、まっすぐに人間らしさを掘り下げていった結果、それがそのまま社会につながり、さらに企業に還元されるという強さがあった。メーカーをはじめ、あらゆる企業は、デザインの価値をあらためて評価し直し、「デザインを経営に役立てる」という視点を持つことが求められる時代となってきているのだと思う。

(西澤明洋)

日経デザインのサイトへ

本サイトは更新を終了しました

 4月2日に創刊した「日経クロストレンド」のウェブサイトで日経デザインの記事が読めるようになりました。最新記事は日経クロストレンドでお読みください。

 本サイトは更新を終了しました。2019年3月31日に閉鎖する予定です。長い間ご利用ありがとうございました。