クローズアップ

「クリエイティブのABC」: 2015年4月号

人と人が関わる「環境づくり」こそが建築家の役目に

SUPPOSE DESIGN OFFICE代表・建築家、谷尻誠氏

2015年3月23日(月)

西澤:建築家を志したきっかけを教えてください。

谷尻 誠氏
たにじり まこと●SUPPOSE DESIGN OFFICE代表。1974年広島県生まれ。94年穴吹デザイン専門学校卒業後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て、2000年にSuppose design office、2014年に現在のSUPPOSE DESIGN OFFICE設立。穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、武蔵野美術大学非常勤講師、昭和女子大学非常勤講師。(写真:丸毛 透)

谷尻:最初は、それほど目指していなかったのです(笑)。本来はファッションが好きだったので、雑誌などに出てくるセンスの良い人たちの生活に関心がありました。いつもどんな音楽を聴いていて、どんな部屋に住んでいるのかなど、雑誌の記事を読みながら、自分なりに調べていたのです。

 センスの良い人たちが持っていた家具を見ると、イームズが多かった。それでイームズを持っていると、格好いい部屋ができるんじゃないかと勘違いして、僕もイームズの家具を買ったのです。イームズについて調べていくと、家具だけでなくて建築も手掛けているし、映像もつくっている。すごい人がいるなと思い、次第に興味を持つようになりました。

 僕は中学生や高校生のとき、ずっとアルバイトで新聞配達したりして、あまり勉強していませんでした。部活動では一生懸命にバスケットをやっていたので、大学に進学するとしたらバスケットで推薦してもらうしかありませんでした。

 就職するかどうか考えたのですが、もう2年ぐらいは遊びたいので専門学校に入ったのです。そこで初めて建築やインテリアを勉強したら、めっちゃできたんですよ。とても面白かった。それで学校の先生に言われるまま就職活動したら受かってしまい、広島市の設計事務所に入りました。

 給料をもらえ、休みもあり、夜もまあまあ早く帰れる。すごく居心地がいい設計事務所でした。目的も目標も特になく“取りあえず働いてみよう”といった意識だったので、辞めるとは思ってもいませんでした。その設計事務所には5年間いましたね。

西澤明洋氏
にしざわ あきひろ ●エイトブランディングデザイン代表。ブランドから商品、店舗の開発など幅広いデザイン活動を行う。独自のデザイン開発手法により、リサーチからプランニング、コンセプトまで含めた一貫性のあるブランディングデザインを数多く手掛ける。著書に『ブランドのはじめかた』『ブランドのそだてかた』など。

西澤:何がきっかけで、退職しようと考えたのですか。

谷尻:当時は、建て売り住宅の設計ばかりやっていました。建て売りでは設計のスピードが重視され、デザインが二の次になっていました。3LDKなどの間取りをまるでパズルゲームのように次々に考えていく。そうした仕事に疲れてきていたためか、店舗のようにセンスが重視されて格好いい建物を手掛けたいと思うようになりました。

 ちょうどそのとき、東京の大手アパレル企業がグループ内に店舗開発などを行う組織を新しく発足させたことを聞き、入りたいと考えたのです。でも新しい社員を募集していないようでしたし、僕には広島にずっといたので東京の会社のことがよく分かりません。まずは本社に入社し、そこから店舗開発の組織にたどり着けばいいぐらいに考えていました。このため面接を受ける前に、設計事務所を退職したのです。設計事務所に勤めながら“面接に来ました”と言うと、覚悟ができていない感じがするはずです。それより“もうここしかないと、覚悟を決めて来ました”と言って面接を受けた方が、僕に有利になる。そう考えて辞めたのですが、面接を受けたら落ちてしまいました(笑)。

西澤:そうなんですか。

谷尻:はい、もう戻るところがなくなったのです。どうしようかと思ってぶらぶらしていたら、知り合いの事務所を手伝ってほしいと言われ、手伝いに行ったのです。

西澤:そこからフリーランスが始まるのですか。

谷尻:最初はアルバイトのつもりでしたが、スタッフに採用されました。特にやりたいこともなかったので、取りあえずスタッフでもいいかなと。そこの所長の周りには“本物”がたくさんいた。巨匠たちが友達で、いろいろなところに連れていってもらい、ものすごい現代建築を目の当たりにできた。やっぱり本物は違います。僕も刺激を受け、どんどん感化されました。

 その事務所も不景気の影響を受け、次第に立ち行かなくなった。僕もどうしようかと思案し、結局、辞めました。それで初めてフリーランスという立場になった。当時の僕は26歳で、自転車レースにも明け暮れていましたから、“これは神様が1年間は自転車レースに集中しなさい”と言っているのだなと、自分で勝手に解釈したものです。フリーランスと言っても、さまざまな事務所から設計の手伝いをさせてもらいつつ、長野や北海道で開催される自転車レースに参加していた1年でした。

西澤:フリーランスの1年目は、自転車レースがメーンで、小遣い稼ぎの感じで設計をやっていたと(笑)。

谷尻:まぁ、そういうわけです。

西澤:その後は、どういう経緯で建築に取り組んでいったのですか。

谷尻:最初は下請けとして図面を描かせてもらっていましたが、元請けから来る案の中にはダサいものもありました。もちろん、言われた通り描けば僕はお金をもらえましたが、どうしても修正したくなる。だから手を加えてしまうのです、下請けのくせに。言うこと聞かないし、期限も守らないから、仕事がなくなってしまい、またやることがなくなったので、学生のころアルバイトしていた焼鳥屋さんに舞い戻りました。

西澤:今度は焼鳥屋さんに。

谷尻:ええ。夜は焼鳥屋さん、昼間はやることがないから自転車で山へ行くか、広島市内の街を自転車でうろうろして友達とだべったりするという、本当にだめな日々を過ごしていたのです。

西澤:どの辺から“エンジン”がかかっていくのですか。

谷尻:そうしていると、今度誰々があそこに店を出すらしい、といった情報が友達から入ってくるようになりました。その人に会って、今までの実績などを示したりすると、次第に仕事を依頼されるようになりました。これまで手掛けていなかった分野でも、リサーチしながら広げていきました。アパレルやレストラン、美容院なども担当しました。自分がつくったことがない分野でも、本気でリサーチしたらできるんだなって。それが印象的でした。どんな建築家でも、初めての経験がある。生まれたときから美術館を設計していた人はいません。ある瞬間に、つくれる自分になった。こうやって建築家はみんな、つくれるようになっていくんだなと。

西澤:その感覚、私も理解できます。最初は誰もが手探り状態で、どうしていいか分からない。そうした状況から谷尻さんは、現在の設計事務所であるSUPPOSE DESIGN OFFICEを立ち上げました。私の知っている建築家の方々は、大学院まで進んだ後に設計事務所で修行し、その後に独立するといった流れが多いのですが、谷尻さんは全く違いますね。

谷尻:そうした人たちは、僕から見たらもうみんな“サラブレッド”ですよ。建築家の紹介文を読むと、どこの大学院を出て誰々の事務所に入ったことが書いてある。華やかにデビューですよ。僕なんかどこの“馬”かも分からない。そういう人たちと僕は違うから、やっぱりもっと早くから勉強していないと人生はだめなんだ、とがっかりしていました。

建築を利用者の目線で語る

西澤:でも今の谷尻さんって、この業界をリードする立場です。何がきっかけで状況が好転したのですか。

谷尻:ずっとがっかりしていても仕方がありません。文章を書いたり講演したりする建築家の中には、僕には何を言っているか分からない人がいました。優秀な方なのでしょうが、メタファー(隠ゆ)で語る人もいて、周りには伝わりにくい。建築家は社会性を持った仕事なのに、難しいことばっかり言えば社会からどんどん離れていく。僕の方がもっと分かりやすく、建築のことを伝えることができるという自信があった。そこは、頭のいい人たちより僕の方が優れていると。

 海外のスポーツ会社の動きをみると、スポーツ人口のシェアを企業間で取り合うのではなく、スポーツ人口をもっと増やそうという思想があります。建築家たちの中には、自分はすごいだろうと力説するばかりで、建築好きを増やそうとする方は少ない。それなら、もっと建築好き増やしたり、建築を翻訳したりすることこそが、僕がやるべき仕事だと思ったのです。

 巨匠たちがわざわざ難しく堅苦しく建築を語ってくれているので、世の中からすると建築家は難しい人だとブランディングされている。これはチャンスだなと。僕はもっと分かりやすく、その堅いブランディングを解かしていく。そうして、たくさんの人に建築を理解してもらいたい。

「住まいの環境デザイン・アワード2015」で優秀賞を受賞した「広島の小屋」。アクリル板で外壁を構成し、周囲の環境に日常生活が混ざり合う風景を提案した。(写真:矢野紀行)

西澤:なるほど。そういうポリシーで組織を運営されているのですね。現在はスタッフは何人いるのですか。

谷尻:今は28人です。1年目は1人だけでしたが、2年目で2人~3人になり、4年目でも7人~8人でした。東京にも事務所がありますが、ヘッドオフィスは広島市で、人材の採用も広島です。地元にこだわっているのではありませんが、東京で募集するとたくさん来ますが、気合の入っていない人も来ますので、わざと広島での募集にしています。スタッフの1割ぐらいが広島で、あとは全部他県です。

西澤:スタッフは設計者ばかりですか。グラフィックデザイナーとかプランナーの方はいるのでしょうか。

谷尻:ほとんどが設計者で、グラフィックデザイナーは1人です。

西澤:1人のときと28人の組織では、仕事の進め方などが変わりましたか。

谷尻:自分だけの意見で決めないようにしましたね。自分の考えだけですと、進め方は速くなりますが、僕自身が感動しなくなる。自分の考えた範ちゅうだけで進めるのは良くありません。どんどん自分にノイズを入れるために、1年目のスタッフだろうと学生だろうと、意見をどんどん言ってもらうという仕組みにしています。

ハードだけでは意味がない

西澤:谷尻さんは、今の建築業界をどう感じていますか。

谷尻:建築家の中には、作品つくりを念頭に置くためか、人の視点を忘れている人もいるようです。例えば、公共施設が箱物と言われる理由も、どんな人がどんなふうに使うかを考えずに造っているからではないか。やはり作品つくりが中心になってしまうためでしょう。権威にあぐらをかいている巨匠は敬意を持って足元をすくう。それが建築業界を良くしていくことになるのでは結構、真剣に思っています。

西澤:30歳以下の若手建築家も同じような考えですか。

谷尻:柔軟な考え方を持った方が徐々に出てきています。建築はハードを造りますが、そこでどんなことが起こるか、利用者はどう動くか、といったソフトの部分まで考えてつくらないといけません。

西澤:建築家の在り方が変わってきているのでしょうか。最近はグラフィックデザイナーがプロダクトを手掛けたり、プロダクトデザイナーがインテリアも見たりするなど、垣根を越えた動きがある。

谷尻:確かに、設計以外の仕事も徐々に増えてきています。そうした仕事も、僕は積極的に取りに行きたいですね。たとえ建築家がグラフィックデザインを担当したとしても、思考が研ぎ澄まされていれば、高い品質を生み出せるはず。ジャンルを問わず、能力を発揮できると思います。

東京の青山ブックセンターで開催された「クリエイティブのABC」の公開インタビューの模様

建築以前の段階からアドバイスへ

西澤:仕事の範囲やプロジェクトの進め方も変わってきましたか。

谷尻:最近は設計以前から、声を掛けられるようになりました。例えば、あるブランドを立ち上げるとき、まだ名前や方向性も決まっていない段階からプロジェクトに参加し、利用者の立場になってアドバイスしています。図面や模型をつくりながらビジネスの提案をするといった、言わばコンサルティング的な仕事が増えていますね。

西澤:今後は、そうした領域も建築家の仕事になるのでしょうか。

谷尻:僕は、世の中はもっとこうなればいいのに、といつも考えています。仕事を頼まれてから考えるのではなく、普段から考え続けていることが、僕らの職業ではとても重要なんです。問題を出されてから答えを出すのでは遅い。僕は問題がないときに、もっと図書館はこうなったらどうか、美術館はこうしたらいいとか、ずっと考えています。だからコンサルティング的な仕事にも対処できるのでないでしょうか。

西澤:そうしたプロジェクトの早い段階で参加するケースが増えている一方で、やはり建築業界ってコンペが中心になっているようですね。

谷尻:僕は基本的にはコンペが嫌いなんですよ。でも著名な建築家がコンペに出る場合があり、その人たちと同じ土俵に立てるのは大きなチャンスです。すごい建築家を負かしたら、自分はすごい人になるわけじゃないですか。ラッキーですよ。

 僕にとって、コンペは“筋トレ”です。力を出せと急に言われても、普段から鍛えていないと力は出ません。だから頼まれてないときから筋トレしておき、いざというときに力が出せる状態にしておくのです。

西澤:最後の質問ですが、谷尻さんにとって建築とは何でしょうか。

谷尻:建物というより、環境をつくることが建築家の仕事だと思っています。もっと言うと、建物をつくる人たちに対し、つくりたいと思わせる環境をつくる、つまりムードメーキングも仕事です。そう考えると、建物だけに限定されず、さまざまな人と人との関わりをつくることも、環境をつくるという設計行為だと思っています。

 僕は人との関わりを求めながら仕事をしているので、僕がやりたいと思う仕事だけでなく、誰かに頼りにされたり答えを出したりして、誰かに喜んでもらい、それで僕も仕事して良かったと喜べるのがベストです。人と関わる環境づくりこそが本当の建築なんですよ。

対談を終えて……「 当たり前」を疑うクリエーション

 建築家と聞くと、多かれ少なかれ、アカデミックで、難解なデザイン言語を話す設計者というイメージがある。谷尻さんはそうした建築家の当たり前を変えていきたいと言う。建築を分かりやすく伝えることで、多くの人に建築を好きになってもらいたいと。

「考え方」を建築する

 谷尻さんの建築の特徴は、その「考え方」にある。それは単純に分かりやすく建築を語るという所にとどまらない。既存の建築業界が当たり前と考える建築観から離れ、子供のようなまっさらな視点で可能性を追求するところからはじまる。そうした柔らかい思考から生まれたアイデアを、いかに現実の建築条件の中で実現させて行くかが、谷尻さんの持ち味である。

ワクワクする建築と建築家

 谷尻さんのもう1つの魅力は、ワクワクするような明るく元気な人柄である。谷尻さんの提案するワクワクするような建築は、おそらく建主にとってはかなり挑戦的な提案に見えるに違いない。

 谷尻さんの魅力的な人柄に触れると、おそらく建主も一緒に、ワクワクした空間体験をしたくなるのではないか。谷尻さんは、建主と一緒になってワクワクする建築を、ワクワクしながら共創しているようだ。

閉塞的な日本市場を変える

 業界の当たり前を疑う力。そうしたクリエーションは、今の閉塞的な日本の市場において、あらゆる企業に求められていると思う。

 当たり前を疑うということは、単に古きを否定するのではない。ガチガチのスタイルに凝り固まった既存の業界を、まっさらなユーザー視点に立ち返り、現在の価値観やニーズにあわせてチューニングし、新しい価値を生み出すことである。企業経営をマーケティングやマネジメントの一般的なロジックからだけでなく、人が働く、人が生活するという根源的なところから、今一度見直すことができないか。働くこと自体を楽しいものに、働いた結果幸せな社会作りに貢献できるように、ビジネスを再構築することができないか。

 谷尻さんの既存の建築業界の当たり前を疑う姿勢、空間の本質を追求しワクワクする建築を作り出すこと、プロジェクトをリードする明るく元気な人柄。そういったことから、今の日本の企業は多くのことを学べるはずだ。(西澤明洋)

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