クローズアップ

第5回「クリエイティブのABC」

課題の本質を見極め、デザイン力で解決策を徹底的に考え抜く

電通CDCエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、岸勇希氏

2015年5月22日(金)

 ブランディングデザイナーの西澤明洋氏が聞き手となり、クリエーターの創造的思考や行動を公開インタビューで探る「クリエイティブのABC」(企画協力は青山ブックセンター)。今回の相手は、クライアントの課題解決に向け、これまでの広告手法とは異なるやり方を実践する「コミュニケーション・デザイン」を提唱している電通の岸勇希氏。

西澤:トヨタ自動車の「アクア」や「ミライ」など、さまざまな企業の広告戦略を手がけている電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、岸勇希さんは「コミュニケーション・デザイン」と呼ぶ手法を提唱し、実践されています。この言葉についてはまだ聞き慣れない方も多いと思います。

「広告だけに固執しては課題の解決にならない」
岸勇希氏

きしゆうき:電通CDCエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。1977年、名古屋市生まれ。東海大学海洋学部水産学科卒業。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了。2004年電通に入社。中部支社雑誌部、メディア・マーケティング局を経て、08年より現職。企業の商品開発や事業デザイン、空間・施設プロデュースなどにも携わる。
(写真:丸毛 透)

:コミュニケーション・デザインとは文字通り“コミュニケーションをデザインする”という視点です。もう少し分かりやすく言えば、何かしらの課題を、コミュニケーションを用いて解決するやり方です。広告には限定しません。

 この考え方はある種、これまでの広告の限界から生まれた考え方と言えます。「広告」は基本的に“広く伝える”ことをベースにこれまで発展してきました。広く伝えれば、モノが売れたからです。しかし最近は、広く伝えるだけでは、モノが売れないことも増えました。そこで改めて自分たちの存在理由について考えたわけです。お金を払うクライアントの気持ちになればすぐに分かることでした。自分たちに期待されていることは「広告を作る」ことではなく、課題を解決すること、つまり「モノを売る」ことです。広く伝えることは、モノを売るための手段でしかありません。

 しかし、広告会社として歴史を重ねてくると、この“広告を作る”ということが、時に目的化してしまいます。改めて自分たちの仕事を、社会や、クライアントの課題を解決することと再規定したとき、僕には広告の限界が見えてきました。同時に広告の強さも再認識できました。いずれにせよ大切なことは、課題を解決すること。そしてそのために、広告に限らず、あらゆる方法を考え、実行することでした。これがコミュニケーション・デザインの根幹にある意識だと思います。


海洋生物学者からクリエーターへ

「コミュニケーション・デザインにも段階がある」
西澤明洋氏

にしざわ あきひろ:エイトブランディングデザイン代表。ブランドから商品、店舗の開発など幅広いデザイン活動を行う。独自のデザイン開発手法により、リサーチからプランニング、コンセプトまで含めた一貫性のあるブランディングデザインを数多く手掛ける。著書に『ブランドのはじめかた』『ブランドのそだてかた』など。

西澤:岸さんは学生時代に海洋生物関連を専攻しています。広告とは“真逆”の世界ですが、なぜ電通に入社されたのですか。

:大学で研究していたのは、マダイとサメでした。統計学や多変量解析などを多く用いたこともあり、ずっと自分でプログラムを書いていました。そんな経験もあってか、学生時代にはインターネット関連の仕事も自分でやっていました。当時はネットの普及期でした。何が面白かったかというと、その反応の速さでした。ネットはインタラクティブですから、こちらが何か仕掛ければ、すぐに反応があります。刺激的でした。

 一方、自分が選考していた生物学は相手が生物や自然というのは本当に大変です。ある生物の一生を追おうものなら、卵から親になるまで、数十年かかります。生態や環境への影響を調べようものなら、数十年以上かかることもざらです。結論から言うと、せっかちで飽きやすい自分にとっては、生物や自然を相手に地道に待つ領域よりも、反応が速いネットの世界の方が向いていることに気付いたのです。結果、進学を考えていた生物系の大学院をやめ、情報通信の大学院に分野転換して入ることにしたわけです。勉強したくて行ったこともあって、大学院は非常に面白く、自分で言うのもなんですが、よく勉強しました。結果的にメディアに興味を持ち、ある恩師の「岸くん電通、向いてると思うよ」という言葉を無邪気に信じ、電通に入社することになったというわけです。実はその時まで僕は、電通という社名すら知りませんでした(笑)。

西澤:電通に入社後は、どんなお仕事をされたのですか。最初からクリエーターだったのでしょうか。

:最初の所属は名古屋の中部支社で雑誌部という部署でした。雑誌の広告枠をクライアントと出版社の間に入って調整したりする仕事でした。その仕事自体は意外にも面白かったんですが、それとは別に、入社した時から既に、社内にある考え方や動き方に違和感を持っていました。なんでみんな広告だけで課題解決しようとするんだろう?という素直な疑問でした。「この案件、広告以外の方が売り上げが上がると思いますが」とか素朴な質問をして、よく先輩に叱られていました。「お前、広告の会社に入ったんだろ!」って(笑)。

 まぁそうなると、自分の考え方、やり方を証明するしかないわけで、自分なりにコツコツ仕事をつくっていきました。ある程度結果が溜まってきた時に書いたのが、「コミュニケーションをデザインするための本」という本でした。自分にとっては言うまでもなく、僭越な言い方ですが、広告業界にとっても少なからず変革のきっかけになったように思っています。ちなみに現在、電通グループのサイトを見ると、当社の事業領域を説明するページに最近では「Integrated Communication Design」と書いてあります。この言葉も偉い出世したなぁとうれしく思っています(笑)。

 実は本を書いた直後、まだコミュニケーション・デザインに対して、ネガティブな意見が多かったことを覚えています。特に社内からでした。最大の理由は広告を否定しているように取れることだと思います。広告だけでは解決できない課題を、広告以外も含め考えるわけですから、そう思われても仕方なかったかもしれません。ただ誤解されないように言うと、広告で解決できる課題は、まだまだたくさんあります。事実広告で売れる商品もたくさんあります。

 ただ広告で解決できない課題が出てきたことも受け止めなければならない事実です。だからこそ、広告という手段にこだわりすぎてはいけないと思っているわけです。

クライアントの真の要望を知る

西澤:コミュニケーション・デザインにもさまざまな手法や段階があるということでしょうか。

:僕が「コミュニケーション・デザイン1.0」と呼んでいるのは、基本的にメディアに限定したコミュニケーション手法です。「コミュニケーション・デザイン2.0」になると、あらゆる手法を使うことで課題を解決していきます。2.0の例としては、最近手がけた事例の1つに熊本市の老舗デパート、鶴屋百貨店の仕事があります。この案件で、社長から頂いた課題は、「10年後、30年後、50年後に地方百貨店がどうすれば生き残れるのか。そのうえで、100年後まで鶴屋が熊本県民に愛される百貨店であり続けるための方法を考えてください」というものでした。

 100年先ですよ?僕、死んでますからね(笑)。仮に広告を打ったり、キャンペーンを仕掛けたりすれば、来年の売り上げを増やすことは可能です。新店舗のプロデュースや新商品開発をすれば、3年から5年は業績が伸びるかもしれません。しかし30年や50年、100年となるとこれらのやり方では課題解決できないと思いました。そこで提案したのが、鶴屋百貨店の社員自身が変わるための「鶴屋イノベーションプロジェクト」と呼ぶ人材改革のプロジェクトでした。

 クライアントの人材育成を行ったり、意識改革を行ったりするというのは、もう広告ではありませんよね。「鶴屋イノベーションプロジェクト」は、アイデア人材の育成や、企画コンペの実施、評価方法の改善などなど多岐に渡りますが、結果的に人材改革によって売り場の活性化にもつながり、プロジェクトは今、大きな成果を上げています。

鶴屋百貨店の従業員が「鶴屋で買ってよかった商品」と、その商品にまつわるエピソードを書籍「人とモノのものがたり」としてまとめ、一般にも販売。顧客に自分たちの思いを伝えた
「人とモノのものがたり」は各売り場にも展開されるようになり、担当者は自分の売り場の商品を自信を持って顧客に薦めることができた。従業員同士の新たな交流も生まれた

西澤:一般的な広告代理店の仕事とは全く違いますね。課題の解決はどのように考えるのでしょうか。クライアントの状況を詳しく聞き、最終的に何らかのアイデアにつなげると思いますが。

:ケースによって異なりますが、一番重要なのは臆病に考えることだと思います。僕は自分のインスピレーションを信じません。と言って、データだけも信じません。自分で出したインスピレーションをデータで立証したり、データで出てきたインサイトを自分の感性に照らし合わせたりする作業を繰り返してアイデアを検証し、正しいかどうか確度を上げていきます。臆病だからこそ、あらゆる方法を考えつくし、結果的に最も角度の高いソリューションが見つかると思っています。まぁ、それでもいつも不安に思いながらプロジェクトを進めていますけど。

次はモチベーションの領域に

西澤:コミュニケーション・デザイン3.0はどうイメージされていますか。

:まだ完全にはまとまっていないのですが、3.0はモチベーション・デザインだと考えています。ここをデザインできると、コミュニケーション・デザインはある意味、最終形態。大きく飛躍し、これまで以上に、さまざまな課題解決を可能にすると考えています。

 人間同士には必ずコミュニケーションがあります。買う人の気持ちはもちろんですが、モノを売っている人にも気持ちがあります。また工場で熱心に生産している人の気持ちもある。あらゆるところに人の気持ちは存在しているわけです。CMというとモノを売るためのアピールですが、社員のモチベーションを上げるためのCMがあってもいいと思います。もしかしたら売り上げには直接、貢献しないかもしれませんが、この商品は社員たちにとってどういうものかという気持ちを表現できれば、それはその企業にとって、必ず何らか効果があると考えています。社員の気持ちをどうデザインするかを考えていくと、モノを売るときとは異なり、外部の目に触れない企業の内部まで含めてデザインの対象になっていくわけです。

西澤:岸さんにとっての仕事のモチベーションは何でしょうか。

:僕は課題の解決が大好きです。課題がないと生きていけない(笑)。クライアントから「岸さんの好きなようにやってください」と言われるのが一番苦しいです。予算とか制約が加わるほどモチベーションが上がります。

 コンペも僕は大好きです。競争相手がいることで、より追い込ますからね。おかげさまでここ数年コンペには1度も負けていません。負けないと、自分の進化がなくなるのでたまには負けたいですけど、負けません(笑)。いずれにせよコンペに勝つことが大事なのではなく、クライアントの課題、そして期待にこたえるのが僕の仕事ですから。命をかけて考え抜いています。

西澤:最後の質問ですが、コミュニケーション・デザインを一言で言うと、どのようになりますか。

:人の気持ちを大事にするということですね。とにかくコミュニケーション・デザインのすべては人の気持ちが基本にあります。このとき、その人は何を感じるのだろうか、どう感じるんだろうか、そんなことばかりを考えています。人の気持ちをしっかりとつかむことが一番大切だと思っています。

西澤:ありがとうございました。

青山ブックセンターで行われた公開インタビューの様子
対談を終えて…… 人の気持ちをデザインするコミュニケーション・デザインとは

 コミュニケーション・デザインは3 段階あると岸勇希さんは言う。第1 段階は「メディア」に限定したコミュニケーション。あらゆるメディアを用いてコミュニケーション戦略を考える方法で、広告業界の中では、この手の手法はすでに当たり前となっている。

 岸さんのコミュニケーション・デザインで注目すべき取り組みは、次の第2 段階の「ソリューション」によるコミュニケーション・デザインである。このソリューションはクライアントのビジネスそのものを対象としている。ブランディングデザインとも重複する部分が多いと感じたが、ビジネスのコンテンツ部分や、その枠組みである経営自体にも範囲は及ぶ。広告だけに頼らず、あらゆる手法を駆使してコミュニケーション・デザインが行われる。

今後はモチベーションのデザインへ

 そして第3 段階に「モチベーション」のデザインがあるという。実はこの話が、今回のコミュニケーション・デザインの対談では核となっていると感じた。

 岸さんが語るコミュニケーション・デザインの第1 段階、第2 段階のすべてにこの「モチベーション」、すなわち人の行動の動機付けとしてのデザインが、戦略や企画、コピーやデザインと、あらゆる局面に強く意識されているように感じた。岸さんの仕事には、人の気持ちがどう動くか、ということを主眼においた企画やデザインが非常に多い。

 モチベーションのデザインとは、最終的に「人の気持ちのデザイン」にほかならない。岸さんはデザインの対象を、「メディア→企業→人」と、そもそもコミュニケーション・デザインが解決したい課題である「人と人とのコミュニケーション」に対してまっすぐに掘り下げている。

 特に岸さんが第3 段階を意識してからの仕事は、人材改革セミナーなど、企業のインナーブランディングの領域までに及んでいる。ワークショップやイベント活動を通して、社員やお客様のモチベーションを高める施策を目に見える形としてデザインすることで、その企業が求める本質価値を追求している。

 その会社で働きたい、そのブランドの商品を所有したいなど、人の気持ちのデザインは、もはや色や形としてのデザインとは限らない。「モチベーション」がデザインする対象であるということを、これからの経営者は意識した方が良いのかもしれない。デザインをマネジメントに活用するとは、このようなことを言うのだと思う。

(西澤明洋)

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