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episode:16
「『日本一の半導体工場だ、台湾に匹敵する』と言われたんだよ」

  • 阿川 大樹

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[1/4ページ]

2009年6月30日(火)

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前回までのあらすじ

12年ぶりに大日本鉄鋼に戻った旭山隆児(あさひやまりゅうじ)の新部署、第三企画室の最初の会議でで風間麻美(かざまあさみ)と楠原弘毅(くすはらこうき)のふたりは「一週間出社禁止」と「好きなことをすること」を言い渡される。父の遺したGB250クラブマンでツーリングに出た風間麻美は、CB750Fに乗る初老の男、堂本に出会う。彼が出入りしているガレージ村はレストアのための設備がそろった、バイク好きの人間たちのいわば秘密基地だった。

 1週間ぶりの職場復帰だ。

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 第三企画室に配属されて何日も経たないうちに「出社するな」と会議で決まり、「いちばんやりたいことをやれ」と命令されるという、想像を超えた「激動の新入社員生活」が始まったのだった。

 1週間ぶりにオフィスへ出てみると、新しかったはずの場所が妙に懐かしい。会社に出るというのがどうしてこれほどほっとするのだろう。

 楠原弘毅は入社わずか2か月ほどですっかり「会社員」になりきっていた自分に驚いていた。

「なんだか会社に来るとほっとしますね」

「そうだろう」

 赤毛のボスはニヤニヤしている。

「わたしなんか、妙にうれしくて7時半に事務所へ出てきちゃいました」

「パンツ一丁で寝ているところを襲われた」

 そういいながら顎で示した旭山のデスクの後ろに拡げたままの寝袋があった。デスクの上のコップには歯ブラシが刺さっている。

「なんですか、旭山さん、襲っただなんて人聞きの悪い。だいたい会社で下着だけになるなんてセクハラです」

「しょうがないだろ、まさか、そんなに早く出社して来るなんて思っていないから」

「月曜の朝に社員が出社してくるのは当たり前なんですから。それが多少早かったからといって、いちいち驚かないでください」

 少しムキになったときの風間さんはちょっと素敵だ。

 それはそれとして、弘毅は風間さんのその言葉に自分の「当たり前でなかった一週間」を思った。会社に出ない日が続くと、どこか居場所のない不安のようなものがあった。いってみれば毎日が、授業をサボってお茶の水の古本屋や楽器屋を回っていた学生の頃みたいだった。少し前に当たり前だった日常が、わずかなあいだに非日常になっていた。

「会社に来ることで安心する。みんな多かれ少なかれそういうもんなんだ。12年前、辞表を出して早々にプータローになったとき、なんだか落ち着かなくてね。いや、予想していたといえば予想していたんだが、簡単には日常の激変を受け入れられなかった。自分で望んだことだったのにね」

 旭山さんがいう。

「なんだ、みんなそうなんですね」

 そうか、風間さんも旭山さんもか。

 それに1週間会わなかったら、かえって前よりも打ち解けた雰囲気になっている。それぞれ別の場所で別の過ごし方をしていたことが不思議な共通体験になったのだろうか。

「ただ、それが会社というものの最大の問題なんだとわかってきた。朝会社に来れば退社時間までそれなりにやることがある。オフィスに来て仕事をしていれば、昨日も今日も明日も、何も考えなくても〈会社員〉という地位があり、〈会社〉も永遠に続いていくような気がする。少なくとも自分が勤めている間はそれほど大きく変わることはないと考える。だが、それは真実ではない。世の中が変わっていく以上、会社だって変わらなければならないはずなのに、毎日会社に来ていると変わらなければならないと意識することもないし、むしろ変える必要はないと無意識に考えている。変えろと言われると変えたくないという気持ちが芽生える」

「ライブドアがニッポン放送を買収しようとしたとき、それまで労働組合がなかったのに、ニッポン放送の従業員は買収に抵抗するために、急に労働組合を作ろうとしたと報じられたことがあります」

 風間さんがいった。

コメント4件コメント/レビュー

確かに、日本はある時期まで鎖国状態でPC-9801シリーズが世界のトップだと思わされていた。実は中の部品のほとんどは海外製だったのにね。DOS/Vにかなり早い段階で移行した私は、NECの戦略は日本のパソコン産業を潰すんじゃないかと思っていたが、それに近い状態となったね(2009/06/30)

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確かに、日本はある時期まで鎖国状態でPC-9801シリーズが世界のトップだと思わされていた。実は中の部品のほとんどは海外製だったのにね。DOS/Vにかなり早い段階で移行した私は、NECの戦略は日本のパソコン産業を潰すんじゃないかと思っていたが、それに近い状態となったね(2009/06/30)

故郷を出ると親のありがたさがわかる。知らないところにいると自分の小ささがわかる。情報あふれる時代だからこそ、正しいものは何か。自分自身に問うべきなのかもしれませんね。(2009/06/30)

1990年代の初めですでに日本の半導体製造技術が台湾・韓国に追いこさえれていたとは絶句です。とはいえ1980年代前半にCPUの著作権(?)あるいは特許権の問題で日本のメーカーが撤退せざるを得なくなりつつあったのは気になっていました。また,製造現場に台湾や韓国の留学生や在日外国人をいれる方向になっていたことも,知識資産管理の観点から危険を感じていました。その後のバブル崩壊,不況時の技術者の大量流出が日本のモノづくりの崩壊につながるという危惧は持っていました。しかし,これほど早く滑り落ちていたとは「JAPAN AS NO.1」に煽てられたのも諸外国の狡猾な戦略だったのでしょう。この国の経営に戦略性がないことが恨めしい。(2009/06/30)

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