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サッカー日本代表・本田選手は変わったのか

大人は誰もが、良くも悪くもガンコですから

  • 武田 斉紀

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[1/4ページ]

2011年1月31日(月)

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本田選手のルーツは少年時代にあった?

 サッカー日本代表が1-0で強豪オーストラリアを下し、アジアカップで優勝した。

 延長に及ぶ長い試合が終わった瞬間、思わず「やった!」と叫んだ人も多かっただろう。私もその一人だ。深夜にもかかわらず、多くの人がテレビで観戦した。日本は強くなった。ワールドカップ南アフリカ大会、そして今回のアジアカップでもチームを牽引した本田圭佑(けいすけ)選手が大会MVPに選ばれた。本田選手は「この賞はチームメートとスタッフのみなさんに捧げたい。みんながいなければもらえなかった」と感謝の気持ちを伝えた。実に謙虚な言葉だった。

「ボールをもったら、とりあえずオレを見ておけ」

「サッカーで緊張したことはない」

「状況に応じてチームのためにエゴを消さないといけないが、理想は(試合時間中である)90分エゴを出すこと」

「それはごもっともだけどオレの考えは違った」

「自信がなけりゃ、やっていられないでしょ」

「(2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会を前に)ぼく自身はベスト4でなく、優勝を目指していいんじゃないかと思っている」

 これらは代表デビュー後のこれまでの本田選手の語録として知られる。彼はその言動からビッグマウス(=大口をたたく人)と呼ばれてきた。

 プレーにおいても代表デビュー当時は、「オレが、オレが」のスタンドプレーが目立っていたように思う。しかしワールドカップ南アフリカ大会、そして今回のアジアカップではチームのために献身的なプレーが目立った。それは本田選手の個性や基本的な価値観が変化したからなのだろうか。

 昨年上梓された『子どもをサッカー選手にするためにできること』(伯井寛・巴康子・赤澤竜也著、PHP研究所)では、日本サッカー界のキーマンとして活躍する選手たちがいかに育ってきたのか、多くの関係者に取材して紹介されている。そこに本田選手も登場している。

 本田選手には兄がいるが、圭佑少年は小さいころから日常のささいなことでも兄に対して勝負を挑み、本気で競い合っていたそうだ。3歳違うので何度やっても勝てないのだが、それでもあきらめずに戦った。「(弟は)どんなことでも真剣に取り組むんです。遊んでいても遊びじゃなくなる。(かくれんぼでも)まるで『かくれんぼ』というプロの職業があるかのように命懸けで隠れる。本気なんですよ」と兄の弘幸さんは振り返る。

 また「(本田選手の)父はとにかくポジティブ」で、「リスクを恐れないタイプ。何ごともリスクがあって当たり前」と考える人だったそうだ。まるで父親の言葉を地でいくかのように、本田選手はJリーグ・名古屋グランパスでの主力選手の地位を捨て、海外にチャレンジする道を選んだ。オランダのチーム、VVVフェンロに移籍し、そこでも実力を発揮してキャプテンまで任されるようになった。にもかかわらず昨シーズンはロシア移籍に挑戦したのだ。

 「とにかくあの子は群れる子ではなくホンマもんの一匹狼。ものすごい自信家ではありました」(小学校から本田選手を知るサッカーの恩師)。「根は素直で、いつまでも子どもなんです。物怖じしないから、思ったことを言っちゃう」(ジュニアチーム時代の監督)。その一方で父親や恩師、古巣のチームなど「支えてくれる人をとても大切にする」一面もあるのだという。そして本田兄弟の人生の目的はサッカーで“海外で活躍できる選手”になることだった。「日本の価値観ではなく、世界の価値観のなかでサッカーをしたい」(本田選手)。

 本書では、長谷部誠、遠藤保仁、長友佑都、内田篤人、岩政大樹、川島永嗣の各選手らの生い立ちも紹介されている。試合やオフで見せる彼らのプレーや言動、表情、そのもととなる個性や価値観がいかに育まれてきたかが分かり実に面白い。彼らは小さいころからサッカーが大好きで、来る日も来る日も朝から晩までボールを追いかけてきた。少年時代、思春期のすべてがサッカーだったといっていい。それだけに、育んできたもののすべてがサッカーを通して表れてくるのだろう。

 少年時代、思春期を通して育まれた人生の目的や個性、価値観が、簡単に変わるとは考えられない。本田選手は恐らく何ら変わっていないのだろう。変わったのだとすれば、日本代表チームという中での表現の仕方を変えただけではないかと私は思う。

コメント19件コメント/レビュー

面白い記事でした。ただ、20までに決められる価値観というのは人それぞれだと思います。私の場合22歳でカナダに留学し、自分は一体何が向いているのか?と問い続け30歳になった頃ようやくなりたい自分が見つかった気がします。その後も何度も心が折れそうになる度に自己啓発本などを読んで隆起させてきました。20歳までの私は親に甘やかされ、頭の空っぽな女子大生でした。海外に行った事により、色んな人種とふれあい、色んな価値観があることを知り、自分自身模索して成長するきっかけになりました。きっかけが見つかってからは日本でも色んな本を読み人間日々成長だな、と気づく40歳になりました。(2011/02/28)

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いただいたコメント

面白い記事でした。ただ、20までに決められる価値観というのは人それぞれだと思います。私の場合22歳でカナダに留学し、自分は一体何が向いているのか?と問い続け30歳になった頃ようやくなりたい自分が見つかった気がします。その後も何度も心が折れそうになる度に自己啓発本などを読んで隆起させてきました。20歳までの私は親に甘やかされ、頭の空っぽな女子大生でした。海外に行った事により、色んな人種とふれあい、色んな価値観があることを知り、自分自身模索して成長するきっかけになりました。きっかけが見つかってからは日本でも色んな本を読み人間日々成長だな、と気づく40歳になりました。(2011/02/28)

本田選手はナイトクラブ行くよりは、家で筋トレをしていた方が楽しいらしく、根から純粋なサッカーバカ(いい意味です)だと思います。私よりも年下でこんなにも尊敬できる人は、初めてのような気がします。それに続く2ページ目の貴方の率直な意見や感想が、心から納得し勉強になりました。ありがとうございます。貴方のコラム大好きになりました。(2011/02/07)

第一回のコラムの1.2頁を何度も読み返し、さらに全体を読み返し建設的なコメントを書きたいと思ったが、中々難しいですね。この際、記事の批判はやめて「ブレる、ブレない」について主張してみたいと思います。岡田監督がブレたか、ブレなかったか、については「信念を貫きとおすが、変える時はズバっと変える」なら、これはブレているのである。負け続けて、「進退伺い」を出した点でも、ブレていたのである。岡田監督自身の発言を寡聞にして知らないので、難しいところだが、当時の岡田監督には「他に方法が無かった」というのが最も的を得ているような気がする。次に移るが、「ブレないこと」はそんなに大切なのだろうか?頂点の権力者にとっては、部下がブレないことはありがたいだろう。だが、日本では最も優れた知性と人間性と経験を持った人を頂点の権力者にする仕組みとはなっていない。これは、比較の問題でどこの国でもそうだろうけれど。いわゆる、一般人の人間関係の中で人が「ブレない」ことは狭い人間関係で安心できるいい方法だとは思う。しかし、大小を問わず他から干渉されない組織なり集団なり人間関係というものは存在しない。だから、干渉されることに対応して組織なり集団を維持しようとするなら「ブレて」よいのではないだろうか。むしろ、ブレることを許容し協力することが大切だと思うのだが。多様性の許容ということであるが。それでは、てんでんばらばらになるだけではないか、ということになるが、それを解決する言葉として、大昔から「アウフヘーベン」「止揚する」という言葉がある。「君子は豹変」して良いのである。話を、頂点の権力者に戻せば、理想を願えば、知性、人間性、経験、体力、容姿、ともに優れ、ブレないことが大切ではあると思う。そのような人が頂点に選ばれ、「ブレる」部下達が多様性を許容しながら「アウフヘーベン」に努め、他からの様々な干渉、変化に対応したいものですね。永遠にそうはならないかなー^^。(2011/02/05)

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