被災者を襲うエコノミークラス症候群の防ぎ方

東日本大震災

こまめな水分補給や数時間おきの歩行で予防を

2011年3月25日(金)

河野 紀子(日経ドラッグインフォメーション記者)

 東日本大震災から10日余り。避難所での生活が続き、被災者の健康状態が心配される中、医療者が特に危惧しているのがエコノミークラス症候群の発症だ。サッカー元日本代表の高原直泰選手が、海外遠征での長時間のフライトが原因でこの疾患にかかり、2002年のワールドカップ日韓大会の出場を逃したことを覚えている人も少なくないだろう。

 飛行機などの狭い座席に長い時間、同じ姿勢で座っていると血行が悪くなり、ふくらはぎや膝の裏にある深部静脈に血栓(血の塊)ができる。その血栓が、急に立ち上がって歩き始めた時などに剥がれ、血液の流れに乗って肺に達し、心臓から血を肺に運ぶ肺動脈を塞いでしまう。

 それが原因で、息が苦しくなったり胸が痛くなったりするだけでなく、最悪の場合は死に至る病気だ。ちなみに医学的には、「深部静脈血栓症に伴った急性肺動脈血栓塞栓症」と言う。

 エコノミークラス症候群という病名で知られているが、発症するのは飛行機などの乗り物の中だけではない。今回の震災では、大勢の人が避難所などの狭い空間の中で過ごし、長時間にわたって同じ姿勢でいることが多い。その分、発症リスクが高くなる。

 持病がない人でもかかるが、血流の低下などが見られる65歳以上の高齢者や中高年の女性、妊婦や産後の女性で起こりやすいのが特徴だ。また、血中のコレステロール値が高く血液の粘性が高い肥満や脂質異常症の人もリスクが高いとされている。

新潟県中越地震では車の中で発症した人たちも

 2004年に起きた新潟県中越地震では、プライバシーを確保するため自ら所有している乗用車で寝泊まりする被災者が目立った。新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸循環外科学分野の榛沢和彦助教が当時に複数の被災地で調査したところ、乗用車に避難していた被災者の3割に血栓ができており、その全員が車中で3日以上寝泊まりしていたという。

 さらに4人が、エコノミークラス症候群により死亡していた。榛沢氏は「東日本大震災でも、お年寄りなどが避難所で亡くなるケースが出ている。中にはエコノミークラス症候群が原因の人もいるのではないか」と懸念する。

 エコノミークラス症候群にかかった際に最初に表れる症状は、太ももから下のむくみや腫れ、痛みなど。ただ発症後は、血液の凝固を阻害する薬(ワ―ファリンなど)の内服や、重症の場合は注射薬の投与、手術などが必要になるので、医薬品の不足や病院の機能不全などに見舞われている被災地では思うように治療できないことが予想される。このため、発症を予防する取り組みが非常に重要になる。

 有効な予防法は、こまめな水分摂取と運動だ。避難所では断水になっていたり、十分な数のトイレがなかったりするため、被災者は水分摂取を控えがちだ。しかしそれでは、血液の粘性が増して血栓ができやすくなってしまう。1時間おきにコップ半分くらいの水を飲むといいとされている。

 数時間おきに軽く歩いたり、足の屈伸をしたりするのも効果的だ。ふくらはぎを中心としたマッサージも有効とされている。できれば、足の血流を良くする医療用の弾性ストッキングも着用したい。血流をスムーズにするので血栓ができにくいメリットがある。弾性ストッキングのメーカーの中には、ストッキングを被災地へ提供し始めている会社も見られる。

数年たっても血栓は残る

 榛沢氏によれば、避難所生活や車中泊などでできた血栓は慢性化しやすく、数年たってもなかなか消えないという。実際、前出の高原選手はワールドカップの出場を辞退した約2年後の2004年、症状が再発して今度はアテネ五輪の出場を断念せざるを得なくなった。さらに、慢性化した血栓がある人では、ない人に比べて脳梗塞の発症頻度が6倍も高いというデータもある。

 避難所生活の長期化に伴い、エコノミークラス症候群にかかる被災者は今後さらに増えると考えられる。それを防ぐためにも、予防法を広く周知させることが重要になる。


このコラムについて

東日本大震災

3月11日午後、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の極めて強い地震が起き、宮城県北部で震度7の烈震を観測。過去最大規模の地震災害となった。大きな被害の出た東北、関東地方などの被災地ではライフラインが破壊され、都市機能が回復するまでには長い時間がかかる見通しだ。