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「人ではなくて能力を愛する」と言った上司

~Huge CEO 新川義弘氏(1)

2007年6月26日(火)

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 職業としての「社長」を自ら選び、活躍している人をお招きし、将来、経営層を目指す人々に、ご自身の経験を語って頂くトークセッション「Road to CEO」。

 今回は東京・新丸ビルや銀座、吉祥寺などでレストランを展開するHugeの代表取締役・CEO、新川義弘氏をゲストに迎えた。

Huge CEO 新川義弘氏

 新川氏は1984年に長谷川実業(現グローバルダイニング)に入社、88年に取締役に就任、代官山「タブローズ」を成功させるなど、同社が誇る接客サービスを確立した。2002年、東京で行われた日米首脳会談の際、居酒屋「権八」で、ブッシュ大統領と小泉純一郎首相(当時)の接客係も果たし、一躍有名になった。2005年に同社を退社して、新たにHugeを立ち上げ、現在に至っている。

 高卒後の上京話から始まり、グローバルダイニングを率いるカリスマ、長谷川耕造氏との出会い、業界慣行とあえて正反対のやり方を貫き実現した成功話、サービスの達人たちの技を他の人に移植するかといった経営ノウハウ、将来の夢まで、存分に語っていただいた。

 司会は日経ビジネスオンライン副編集長の山中浩之と、インディペンデントコントラクター協会の理事長を務め、様々な企業経営の現場に立ち会ってきた秋山進氏。テーマ別に5回に分け、火曜・木曜日に掲載する。

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司会、山中(以下Y) 今回のゲストは、ブッシュと小泉のテーブルをサーブした男、新川義弘さんです。順を追ってお聞きしたいんですけれど、まず福島の商業高校から調理師学校に行かれたと。

 ええ。

Y これはお父様がやっていらした焼き肉屋を継ぎたい、というのが動機ですか。

 いや、それは1回も考えたことないです。地方にいて何かやりたいことがあったわけでもないし、共通一次を受けたんですけど、大した大学には行けそうもなかったので、「手に職を」と思って。東京に行けば何かがつかめるという、集団就職に近いところがありました。

Y 調理師学校に入学しながら、皿を「出す」方に行かれたのは何故ですか。

 人と話している方が好きだ、と思って。就労学生で学費を稼がなきゃいけないから、ダイナック(サントリー系のレストラン・バー運営会社)へアルバイトに行っていたら、最初の1カ月は調理場にいたんですけど、店長から「お前はフロアだ」と言われて出されましたからね。それから、「出す」方にという感じでしょうか。

Y それでダイナックにそのまま入社される。

 はい。その店長に拾ってもらい、赤坂のカフェバー、グラスホッパーという店に入社させてもらいました。

Y 楽しかったですか。

 楽しかったんですけど、ある日、僕らを統括しているNさんという方が来たとき、「お前もあと5年ぐらい頑張って、こいつぐらいになりいや」と言われたんです。そこで、「こいつ」と言われたのが、当時35歳ぐらいの主任なんですよ。そいつは超イケてなかったんです。

 いわゆる上向いて仕事するタイプ。レジの金をちょろまかしてアルバイトの女の子と飲みに行っちゃう。決して悪い人ではなかったんだけど、まあサラリーマンですよ。そうすると、20歳の新川少年は夢がなくなるわけですよ。「5年で、これか」と。愕然としたその晩、斎藤君という僕の高校のころの悪友が夜、遊びにきたんです。

Y まさに失意のその夜に、お店に来たんですね。

 そう。そいつがグローバルダイニングの、原宿のゼストで働いていた。彼に「店に遊びにおいでよ」と言われて行ったんです。初めて行って、いきなり気に入って、翌日に(ダイナックに)辞表を出しました。

Y ちょっと決断が早過ぎる気もしますが、いわゆる、運命の出会いというやつですか。

 うん。そのころ、僕らの業界というのは社員の枠というのが非常に厳しくて、その当時、長谷川実業といっていたグローバルダイニングの前身の会社もそうで、社員の枠がなかったんです。斉藤君に、「一番大きい店はどこか」と聞いた。大きくて売り上げがある店だったら早く社員になれそうだということと、一番難しいことを学んだ方がいいと思ったんですね。それが今でも代官山にあるラ・ボエムというパスタ屋です。

Y 1983年ですね。

性に合った「完全実力主義」

 はい。当時そこにアルバイトから入りました。毎日、皿を洗っていました。1カ月、皿しか見ていない。「何か目標を決めないと」と思って、1年で店長をやろうと思ったんです。店長やれば収入も上がるし、目標も次が見えてくると思って。何で1年と思えたかというと、斉藤君の「お前なら1年で行けるんじゃない」という一言だけ。その言葉だけが後押しをしてくれて、それで頑張った。

Y 今度の会社は大丈夫、きちんと仕事を見てくれる、という、そういう実感、もしくはインスピレーションはあったんですか。

 面接があったんですけど、長谷川さんにこう言われたんです。「僕、学歴もないですし、職歴も大してありません、それでも店長をやれますかね」と聞いたら、「僕は年齢差別、男女差別はしないよ」とおっしゃられて。「この人は実力主義の人なんだな」と直感的に思ったんです。

 3カ月後、社員にしてもらったんですよ。仕事はできたので店の中で目立ったんだけど、長谷川さんにぴしゃりと言われたんです。2人で面談したときに。

 「新川さ、俺はお前のことを好きなわけでも何でもないから」。周りが(自分を)そう見ている空気を悟ったんでしょうね。「俺は人を愛するんじゃなくて能力を愛するから」と言われたんです。そのときにすとんと(腑に)落ちて、「あ、俺もその方がいい」と思った。

コメント4件コメント/レビュー

これは面白いインタビューですね。「あれ、もうおしまい? 早く続きが読みたい!」」と思わせる記事でした。話し言葉が感覚的で、内容の無い言葉が延々と続くことが多い他の対談記事と比較して、このテキストは内容の流れもスムーズでとても読みやすいです。早く続きが読みたいです。(2010/01/19)

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「「人ではなくて能力を愛する」と言った上司」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

これは面白いインタビューですね。「あれ、もうおしまい? 早く続きが読みたい!」」と思わせる記事でした。話し言葉が感覚的で、内容の無い言葉が延々と続くことが多い他の対談記事と比較して、このテキストは内容の流れもスムーズでとても読みやすいです。早く続きが読みたいです。(2010/01/19)

「人でなく能力を愛する」というのはドキッとする言葉。特に現在のような能力主義が流行る時代では。冷たく役者じみた言葉だが、実はそうではないという記事でした。思うのですが、特定の誰かに情をかけるということは、往々にして他の誰かを足蹴にすることでもあるのです。(日本の裁判は犯罪者に情をかけて、被害者を2度足蹴にしてきたと思います、その情は、裁く側の視野の狭い驕慢や自己満足にすぎない。年功序列の情実人事もしかり)この記事に出てくる「人でなく能力を愛する」は結局、「個人でなく万人を・・」にどこか近いことであるのかもしれません。(2007/06/26)

(ドッチラケなコメントかもしれませんが)当記事のタイトルを読んで、某アニメーション内のセリフの「しかし、私はお前の才能を愛しているだけだ」というものを思い出しました。現実にもこういうセリフを面と向かって言われる方がおられるのですね。私にとっては胸が空く様な思いがしました。(2007/06/26)

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