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吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

吉田 忠則

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

◇主な著書
見えざる隣人』(日本経済新聞出版社) 2009
農は甦る』(日本経済新聞出版社) 2012

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

ニッポン農業生き残りのヒント

「鎌を持つ祖父に追われた父」の夢を継ぐ

2018年8月17日(金)

 10年ほど前からの知り合いのAさんが再び農業を始めた。もともとハウスでイチゴを育てていたが、東日本大震災が起きた2011年にいったん生産から離れ、栽培指導など農業に関連する仕事をしていた。そして今年、ボロボロになっていたハウスを修繕し、トマトの栽培をスタートした。施設にはAI(人工知能)を使って栽培をコントロールするシステムを導入しており、収益性の高い経営を実現することを目指している。

Aさんは今年、再生させたハウスでトマトの栽培を始めた
栽培と収入を安定させるために取り入れた日照量のセンサー

 今回取り上げるのは、いまも一部の農家が背負わされているであろう「家」という重荷と、そこからの脱却のストーリーだ。廃虚になりかけていたハウスの再生が、家からの脱却を象徴する。

 Aさんは兼業農家の出身で、いま40代前半。地方の大学に進学していたが、卒業するときに父親から「家に入れ」と言われ、就農した。「息子は家を継ぐのが当然」という空気の中で育ったため、就職してサラリーマンになるという選択肢はなかったという。

 実家に戻ると、父親と一緒に野菜作りを始めた。子どものころから農作業を手伝わされていたので、基礎的なことは体に染みついていた。それでも、2人で畑に出ると、父親からはことあるごとに、「ここはこうしろ」「あそこはああしろ」といった指図を受けた。

 半年ほどたったとき、「おやじとは違うことをやろう」と決めた。「このまま小突き回されていたら、嫌になってしまう」と思ったからだ。選んだのはイチゴのハウス栽培。施設園芸のほうが収益性が高いと思ったからだ。

 新たな作物への挑戦だったため、父親とは別の「師匠」のもとで学ぶことが必要になった。そこで、他県の有名なイチゴ農家に「弟子入りさせてください」と頼み込み、1年間修行した。桐の箱に入れた30粒のイチゴが1万円の高値で売れるような、高い技術の持ち主だった。

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