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國井 修(くにい・おさむ)

世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称「グローバルファンド」The Global Fund)戦略・投資・効果局長

國井 修

1988年自治医科大学卒業、公衆衛生学修士(ハーバード大学)、医学博士(東京大学)。内科医として勤務しながら国際緊急援助NGOの副代表として、ソマリア、カンボジア、バングラデシュなどの緊急医療援助に従事。国立国際医療センター、東京大学、外務省、長崎大学、UNICEFニューヨーク本部、同ミャンマー事務所、同ソマリア支援センターなどを経て現職。これまで、110カ国以上で緊急援助、開発事業、調査研究、教育に関わった。

◇主な著書
国家救援医 私は破綻国家の医師になった』(角川書店) 2012
災害時の公衆衛生 私たちにできること』(南山堂) 2012

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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110カ国以上で緊急援助、開発事業などに関わり、現在、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)戦略・投資・効果局長を務める國井修さん。生涯のテーマに掲げる「No one left behind(誰も置き去りにしない)」を実現するために、何が必要なのか。時折日本に一時帰国した時に“逢いたい人”との対談を通して探っていく。第5 回のゲストは参議院議員の武見敬三さんです。
武見敬三(たけみ・けいぞう) 1951年、東京都生まれ。74年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、76年同大学法学研究科修士課程修了。80年東海大学政治経済学部政治学科助手、87年助教授、95年教授就任。同年参議院議員に初当選し、現在4期目。84年~87年にはテレビ朝日CNNデイウォッチ、モーニングショーのキャスターを務める。2007年から2009年までハーバード大学公衆衛生大学院研究員。外務政務次官、参議院外交防衛委員長、厚生労働副大臣を歴任し、現在は自民党総務会長代理、国際保健医療戦略特命委員会委員長、日本国際交流センターシニア・フェロー等(写真:稲垣純也、以下同)

國井:対談シリーズ第5回のゲストは参議院議員の武見敬三さんです。地球規模の健康課題に取り組む「グローバルヘルス」の世界的な潮流を作られた立役者ですが、今回は学者、ニュースキャスターという多彩なご経歴についてもお聞きしたいと思います。

武見:よろしくお願いします。

國井:まずはグローバルヘルス分野に関わり始めたきっかけを教えてください。

武見:最初は知的好奇心や興味関心からではなく、実は親父の急逝がきっかけでした。

國井:お父様の武見太郎氏は日本医師会会長、世界医師会会長を歴任されましたね。

武見:はい、1983年にハーバード大学公衆衛生大学院に学際的研究プログラム「武見国際保健プログラム」を創設したんだけど、直後に亡くなってしまった。私自身は慶應大学の体育会ラグビー部でスポーツ一筋の学生生活を送った後、大学院で国際政治学を研究テーマとして学んでいた頃でした。「武見プログラム」は運営資金4億円を確保してスタートしていたけれど、そんな事情で日本側の資金協力体制を整える役割が回ってきた。いわば「武見プログラム」のサバイバルゲームに強制参加することになった(笑)。

國井:私は93年にハーバード大学公衆衛生大学院に留学しましたが、その時にはもう「武見プログラム」はしっかりと機能していました。見事に再生された後だったのですね。なぜお父様は「武見プログラム」創設を考えたのでしょうか。

武見:57年から25年に渡って日本医師会会長を務めるなかで、医療政策と経済政策を一緒に議論することの必要性を実感したようです。世界医師会会長就任後に政策研究の特別委員会を作り、ハーバード大学公衆衛生大学院のハワード・ハイアット教授らが加わって議論を重ねた。そこで課題として、医療に携わる人たちは経済、社会などマルチな政策分野を理解するチャンスに恵まれないことが指摘された。それを受けて、中堅の研究者の知見を広げることを目標に「武見プログラム」が始まったんです。そのときのキーコンセプトが「医療資源の開発と配分」でした。「医療経済学」という言葉もなかった時代に、極めて斬新なイメージでスタートしたんです。

國井:毎年世界各国から10人程度のミッドキャリアの医療従事者・研究者が選ばれ、「武見プログラム」での研究に従事していますね。私の尊敬する先輩、仲の良い友人・後輩の中にも武見プログラムの卒業生が多くいますが、大学・政府・国際機関などで素晴らしい活躍をしています。

武見:35年間で284人が卒業しました。日本人が2割弱でアジア出身者が多いですね。プログラム期間の1年間は毎週のようにフェローによる専門領域の発表を聞き、それを学際的な立場から見直すという作業があって、フェローのアポも簡単に取れる。国際会議に参加すると「タケミ」という名前に反応した人たちが「ハーバードで武見フェローに世話になった」と声をかけてくる。「あのプログラムは親父が作った」と伝えると、それだけで仲良くなれる。ありがたいことです。

國井:中堅の研究者が世界中からハーバードに集まって、学び合い、議論を戦わせて、それぞれの論文をまとめる「武見プログラム」は、ハーバードの他の学生、そして教師陣にもいい刺激を与えていました。極めて知的貢献度の高いプログラムですよね。同時に学者の道を探求されていた武見さんがニュースキャスターに挑戦されたのはどういった経緯だったのでしょうか。

武見:ハーバードの東アジア研究所客員研究員としてボストンに住んでいたときに、TBSの戦後検証企画の現地案内役を引き受けたことがあってね。ご一緒したジャーナリストの故・筑紫哲也の推薦で、CNNのダイジェスト番組『CNNデイ・ウォッチ』の初代アンカーをテレビ朝日から依頼されたの。84年から3年間務めたんだけど、ニュースのプレビューを確認する作業が毎回あって、ヒアリング能力がものすごく鍛えられた(笑)。そのときの視聴率が高かったということで、東海大学政治経済学部助手時代に『モーニングショー』という主婦対象の大きな番組のメインキャスターも87年から1年間務めることになったの。芸能リポーターの梨元勝さんと仲良くなったりと、関わりのなかった分野にも関心が持てるようになった。振り返るととてもいい経験です。

國井:政治家も学者も「伝え方」が不得手な人が少なくない中で、学者に加えてキャスターのご経験もあるせいでしょうか。武見さんの話はいつお聞きしても理路整然としてわかりやすい。お世辞抜きで感心しています。英語も堪能だから海外に向けての発信もスムーズ。海外の方々とディベートして彼らを説得する、やる気にさせる、動かす。なかなかそこまでできる日本の政治家、学者は少ないと思います。

武見:「伝え方」はテレビの現場で鍛えられましたね。ディレクターが常に「コメントは30秒でまとめて」といった具合に指示を出してくる。コメントは理屈を述べるよりも、エッセンスとして瞬時にキャッチできる言葉に落とし込むことが大事だと気づいたし、結論を先に言って後から具体的な理由を説明する話し方もこのときに学びました。

國井:なるほど、やはりOJT(On-the-Job training)で磨かれたのですね。さらに選挙に挑戦された。なぜ出馬されたのですか。

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