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第3話:「この犬、返品したら?」。獣医の言葉に私は驚き、発奮した。

  • 津田 和壽澄

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[1/3ページ]

2009年6月3日(水)

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 (前回から読む)

 練馬のペットショップにいた、最も小さいヨークシャー・テリアのピピ。細心の注意を払って自宅に連れ帰ったが、翌日になっても咳が止まらない。私は、近くの獣医にピピを診せに行くことにした。

 獣医はピピを見ると、「ケンネル・コフ(犬の風邪のような状態)ですね」と言った後、信じられない言葉を口にした。

 「それにしても生後3カ月のヨークシャー・テリアでこの大きさは、小さすぎますなぁ。先々病気がちになるかもしれませんから、ショップで返品か交換をしてもらってはどうですか?」

 「返品? 交換?」。獣医のこの一言が、私の母性に火をつけた。“返品なんかするものですか。私がピピを健康にしてみせる。だってこの子が私を選んだのだから”。

 たった一晩一緒にいただけの小さな存在でありながら、驚くことにそれは既に私の心の中の大切な部分を占める、掛け替えのない存在になっていた。あの時、練馬のペットショップで押されたスイッチは「無償の愛」というボタンだったのだ。

ピピと散歩に出る著者

 「もし、このまま飼うつもりなら、1週間で体重を100グラムほど増やす努力をしてみてください」という獣医のアドバイスを受けて、私の奮闘の日々が始まった。

 食の細いピピに何とか離乳食を与えようと、私は必死だった。「足の骨をもう少し太くしないと」と言われれば、それまでは車による移動ばかりで、歩くことなどしなかった私が、1時間でも2時間でも、ピピを連れて散歩に出るようになったのである。

 その後2カ月の私のスケジュールとお金は、ピピのためのものとなっていた。ピピと一緒に過ごす日々、そこに新しい発見があった。それは「己」を内観するほどの新しい視点で、自分の弱さに気づかされることであった…。

犬の世話で疲れきったが、満足の日々

 初めてピピとペットショップで出会った日。漆黒のボタンのような瞳、ぷっくりと黒く湿った鼻。抱き上げると溶けてしまいそうな存在に、私は一瞬でノックアウトされた。私だけではなく、オーナーの多くはコンパニオン・アニマル(伴侶動物)と目が合った瞬間を「運命の出会い」として記憶しているのではないだろうか。

 しかし私の「運命の出会い」は、甘い生活からのスタートではなかった。標準体重に達していないその体を大きく強くするために、食べさせ、排泄させ、鼓動を測り、通院に時間を注ぐことを繰り返した。

 咳は治まったものの、心臓の鼓動は通常(120~150回/分)の倍ほどの速さで打ち、苦しそうにあえいでいるのが常だった。ドッグ・イヤーという表現があるように著しく成長するその時期は、まずは体重を増やさなければならない。

 離乳食、ミルク、ドライ・フード(小さな丸い乾燥粒)、ウェット・フード(缶詰)…。どれにもほとんど興味を示さないピピに、私は励ましの言葉や褒め言葉を聞かせたり、遊びながら語り聞かせをするなど、あの手この手で食べさせようと試みた。

 「1週間であと100グラム増えないと、今後の懸念もあります」という獣医の何気ない一言は、私の責任感を全開にさせていた。

 秋の気配の中、気づくとピピと出会って3カ月が経ち、私の予定はめちゃくちゃになっていた。しかし、仕事への焦りも、後悔もなかった。1つの存在のために見返りを求めず、ただ健やかな成長を願い、できるだけのことをしたい。それは何かを犠牲にしたというよりも、ただひたすら私を選んだ小さな命を幸せにしたい、という充実した日々であった。

 仕事においては冷静さを保ち、結果を出すために整然と自己コントロールしてきた生活とは180度異なる、カオスの中にもかかわらず、私の心は温かい希望で満たされていた。

コメント7件コメント/レビュー

続きが早くみたいです!(2009/06/10)

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続きが早くみたいです!(2009/06/10)

和壽澄先生のHPからピピちゃんの訃報を知り、とてもショックを受けました。先生に着物の凛とした柔らかさを学ばせていただいて、私が先生の出される優しくとても厳しい課題に四苦八苦している間、ピピちゃんは大きな目でこちらに興味を向けたと思うと、気ままにそっぽを向いたり、絹で遊んだりしていました。とても印象に残る賢い子でした。新しい生活に突入する前に、静かに学ぶことが出来た空間はとても貴重で、ピピちゃんの柔らかな息遣いもあの懐かしい空間の大事な要素だったことを、深く実感します。あの空間で学べたことを今更ながら大事にしたいです。ピピちゃんの訃報にも気付かず連絡させていただいた時、明るいお返事をくださった和壽澄先生。今回の執筆が、先生とそして私を含め大事な存在との別れを避けられない様々な人の、「昇華」に繋がることを願っています。しっかりと読んでいきたいです。(2009/06/09)

著者の繊細な人柄と感性が素晴らしい。今後もその豊かな表現力を堪能したい。(2009/06/03)

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