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骨折したオダジマが泣いた、親友の電話

半年前は入院してました 赤羽&入院編(その2)

2015年10月19日(月)

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 小田嶋隆の永遠の故郷、赤羽を歩いた前回。次も赤羽で会いましょう、と固く約束を交わしたチームでしたが、どういうわけか東京は飯田橋という“アウエー”で、顔を付き合わせることになりました。

何なんですか、この“財前部屋”は!?

小田嶋:ははは……。

 そうなのだ。小田嶋隆は3月某日、都内を自転車で走行中、ころんで骨折。某病院に運び込まれ、そのまま長期入院という事態に陥ったのである。今回、我々「人生の諸問題」チームは、その入院先で対談を続行。オダジマ先生のために病院がご親切に用意してくださった部屋が、こちらなのである。

小田嶋:いや、やっちまいました……。

いったい、何をやらかしたのですか。

小田嶋:要するに竹橋(皇居の近くの地名)で転びました。転んだところから説明すると、千鳥ヶ淵から竹橋に抜ける、くねくねした道があるじゃないですか。

地図で見ると皇居の北側の、ショートカットの道ですか。

小田嶋:くねくねしている道なので、車道を走るのは怖い。だから、歩道の方を走っていた。それはよかったんだけど、下り坂で、雨がぽつぽつ降り始めていて、これは自転車を乗り捨てて帰るパターンか、と迷いながら走っていたんだよ。で最後、坂を下りきって、竹橋にかかった時に、対岸の信号が赤だったから、ブレーキをツッとかけた。そうしたら、ブレーキがちょっときつ過ぎたんだ。

焦っていたの?

小田嶋:いや、要するに繊細さを欠いていたんでしょうね。そうしたら自転車の後輪が、つーっと外に流れたわけだよ。それで左足をどんと地面に着けたら、足は着地しているんだけど、後輪がどんどん外側に流れていく、と。

:となると、ひざは内側に入らざるを得ない。

小田嶋:そう。ひざをねじった感じのまま、後輪が外に回転していった。ということで倒れて、これは痛いぞ、ということで。

:みなさん、この写真をご覧ください。

あ、財前教授。

:ここに見える骨が上側、下側ですね。そして、こっちが外側、内側ですよね。ということは、これは靱帯を断裂していますね。

なるほど、的確なご診断ですね。

編集Y:白衣を持ってくればよかった。

:やめてよ。どうして僕が白衣を着なきゃならないのよ。

ご診断が妙に堂々としていらっしゃいますので。

:僕は若いころから、何度かひざの靭帯を切っていますからね。いちばん最近は数年前、シニアのアメリカンフットボールをやっていた時。すでに内側の靱帯は若い頃に切ってしまって、現在はつまり内側と前十字の2本が切れたまんまなんです。

超・反知性主義入門
日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、ぜひ。

 おかげさまで各誌書評でも大好評、増刷決定!の『超・反知性主義入門』。ちょうど今回の記事の中で書かれている、小田嶋さんが入院した時期のコラムも入っております。オダジマさんの高校時代の同級生、森本あんり・国際基督教大学副学長との2万字に及ぶ「日本人と宗教、そして反知性主義」をテーマとした対談も収録。こちらはさすがに退院された後でした。この『超・反知性…』の元となった当サイト連載の「ア・ピース・オブ・警句」の筆者、小田嶋隆さんのもうひとつの顔、というか、油断しきった素顔をさらしているのが、2007年からはじまった日経ビジネスオンライン屈指の大河連載、この「人生の諸問題」です。クリエイティブオフィスのTUGBOATを率いる岡康道さんとの、滋味あふれつつ緩くオカシイ、大人同士が語り合う諸問題を、お仕事の合間にどうぞお楽しみ下さい。ナビゲーターは清野由美さんです。

コメント4件コメント/レビュー

ごめんなさい。
小田嶋さんと岡さんの絡みは好きなんですが、今回だけは読んでいて痛くなってきてしまい、最後まで読みきれませんでした(汗)(2015/10/19 15:06)

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「骨折したオダジマが泣いた、親友の電話」の著者

岡 康道

岡 康道(おか・やすみち)

クリエイティブ・ディレクター

1956年生まれ。佐賀県嬉野市出身。80年早稲田大学法学部卒。同年、電通に営業として入社。85年にクリエーティブ局へ異動。99年7月クリエーティブエージェンシー「TUGBOAT」を設立。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ごめんなさい。
小田嶋さんと岡さんの絡みは好きなんですが、今回だけは読んでいて痛くなってきてしまい、最後まで読みきれませんでした(汗)(2015/10/19 15:06)

オダジマさんが入院されてから、記事を見るたび、それでも他人事だった。
8月1日に椎間板ヘルニアに起因する猛烈な坐骨神経証を発症し、対応の緩い開業医にさっさと見切りをつけて、発症後1ヶ月半で内視鏡手術でヘルニア部分の摘出と椎間板減圧を行った。
最新の手術法(PED法)で、2泊3日の入院。たかがこれでも、人生初の入院・手術(40歳)で、不安・不便が押し寄せてきた。
結局は進歩した技術のおかげで、また、好奇心が勝ったこともあり楽しい(?)入院だったが、何せ退屈であり、また、将来的には背骨にボルトを入れる可能性があるといわれ、かなりビビってしまった。8時間の手術、月単位での入院など、本当に辛いものだと悟りました。もっとも、難病の方などでは、年単位の入院もあり、その辛さ、苦痛は想像を絶することを、初めて悟りました。
4月には良性発作性頭位めまい症を突如発症するなど、年齢的に転換期を迎えている気が強い。
40代を迎えると、色んな不調が一気に押し寄せてきます。
若い方は悪いところは早めに治し、40を超えた方は、トレーニングやストレッチなど運動の習慣と、再度規則正しい運動を、と心底思います。(2015/10/19 10:07)

後段の幸福な王子の注に想いを馳せ、記事はつづきもありそれはそれで楽しみにさせて貰おう。唯、先の骨折で御大が泣いた、親友の電話― に見出し、人生の諸問題の生と死を見つめさせられ泣いた,似て非なる一件を記したい。わたし(B)は胃がんで全摘手術を受け病院病床にあり、幸い経過良好リハビリ中で適宜廊下歩行していたある日、ちらっと目にした御仁、患者ユニフォーム姿の私を彼が見ても吃驚する位と決めて声を掛けた。紛う方なく飲み会の仲間(A)だ。介添えの女性は奥様、談話室で初見参の挨拶や幾つもの飲み会にまつわる所業の非礼を詫たり、案の定お互いの佇まいの妙に悪行の報いだのほんの一寸した検査サと歓談したものだった。私(B )は程なくして退院。その後自宅療養中であれ月に一度の監察検診で待合の時間を利して病室のあったナース室に快復状態を見せびらかしたい気持のわたし B は、その折ほんの一寸した検査サと笑い飛ばしていた患者姿の仲間 A と再会したが何故か立ち話すら苦しい様子だったので早々にその場を離れた。B にはほんの検査サ― から患者姿の A が気懸かりではあったが自分自身の日常生活に紛れ過ごして三ヶ月も経っていない夏の終わり頃新聞の訃報欄に彼の名を見、君は逝きし御仁となり、吾生き残ると涙する。通夜席の暇乞の折、奥様にこの人生模様を披瀝あらためて力落としのないよう伝え,私も亦励まされたことは言うまでもない。(2015/10/19 09:26)

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齋木 昭隆 三菱商事取締役・元外務次官