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黒霧島、江夏拓三専務のHARD THINGS

じくじたる思いが、人間も、企業も成長させる

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2017年1月10日(火)

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芋焼酎「黒霧島」を製造・販売する霧島酒造は、焼酎で4年連続日本一(帝国データバンク調べ)、17年連続で増収を達成している。業績は絶好調続きに見えるが、実は黒霧島の発売前に外部のライバルメーカーの攻勢に押されていた。起死回生の新製品を開発するものの、味方であるはずの社内から何度も反対にあった。そうした困難(HARD THINGS)の数々を切り抜けてきた霧島ホールディングスの江夏拓三専務に話を聞いた。

芋焼酎の「黒霧島」の人気が続いていますが、『黒霧島物語』によると、黒霧島を開発された1997年当時は苦労が続いていたそうですね。先代の社長が急逝された直後に、40代で拓三さんが専務に、兄の江夏順行さんが社長となったものの、シェアが大きく下がりました。

江夏:もう相当に追い込まれていました。当時、うちの芋焼酎の売れゆきは他社にどんどん追い越されていったんです。大分の「いいちこ」さんや「二階堂」さんの麦焼酎、熊本の「白岳」さんの米焼酎のほか、宮崎の「雲海」さんのそば焼酎などの人気が伸びていきました。

 焼酎のシェアが下がって、うちの会社、霧島酒造は沈滞してくる。営業がイベントに出展しようとしても、断られてしまう。大きなシェアを持つ競合他社から、「霧島酒造はイベントに呼ばないで」とシャットアウトされたからですよ。お客さんに振る舞い酒をしようしても、出展さえできないという悲しい目にあったんです。

江夏拓三(えなつ・たくぞう)
霧島ホールディングス代表取締役専務
1949年宮崎県都城市生まれ。祖父が創業した霧島酒造に1977年に入社。47歳のときに霧島酒造二代目の江夏順吉氏が亡くなり、兄の順行氏が三代目社長に、拓三氏が専務に就任した。その後、芋焼酎「黒霧島」を開発してヒット商品に育てた(写真:的野弘路、以下同)

 そのときは忸怩(じくじ)たる思いでした。しかし、そのじくじたる思いが人を成長させるんです。人だけじゃなくて企業も成長させるんですね。悔しい思いというのが。人間というのは追い込まれると、ばか力じゃないけれど、自分でも考えられないような発想が出てくるんです。

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