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創業社長をマネても社員は付いてこない

テー・オー・ダブリュー社長 江草康二氏に聞く(前編)

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2018年1月15日(月)

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学園祭でのミスコンを成功させたことをきっかけに、大学生だった創業者が1976年にスタートさせたテー・オー・ダブリュー(TOW)。その後、同社はずっとイベント事業を手掛けてきた。その実質的な2代目社長として2013年に就任したのが江草康二氏。今期、3期連続の最高益記録更新を目指す。だが、創業者から社長を受け継いだ頃は挫折を味わったという。転機は何だったのか、また今後、イベント事業をどう伸ばすのか聞いた。

江草さんの入社は2010年だそうですね。入社した頃のTOWの印象を教えてください。

江草:この会社は、私が以前いた会社よりも、はるかに緻密に数字を管理している。それに驚きました。この業界では、売り上げはいくらになりました、この案件はうまくいきませんでしたと“結果”で数字を管理することが多いのですが、ここでは社員が毎日、どこでどんなプロジェクトが立ち上がりそうか入力し、管理職はそれをチェックしているんです。

 すると、仮に勝率が3割だとすれば、このくらいの案件は決まりそうだ、だとすると、3カ月後にはどれくらいの受注(売り上げ)がありそうだといったことが分かるようになっている。その金額が多ければそのままアクセルを踏めばいい、少なければ一歩下がって営業活動に力を入れる、そういった判断ができる仕組みになっていました。

えぐさ・こうじ テー・オー・ダブリュー(TOW)代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)。1961年東京生まれ。判例集や、法律政治、経済などの雑誌・書籍を出版する有斐閣の創業家に生まれる。次男。83年立教大学経済学部卒、同年電通に入社。2007年ヘッドハンティングにより、オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンに入社し、取締役マネージング・ディレクターに就任。10年にTOW入社。執行役員社長室長などを経て12年7月に社長兼最高執行責任者(COO)、13年9月から現職。(写真:山本祐之)

江草:弊社の仕事はオーダーメードで都度受託するビジネスです。次が確約されているレギュラー案件の数は多くても3割程度です。ですから創業者の川村(治・同社会長)は労働集約型ビジネスを科学するという言い方をしますが、受託の見込み、進捗をチェックしながら経営をしてきたのです。

 ただ、私が入社した直後に、東日本大震災が発生しました。この会社が一番大変な時期に入社したことになります。

 このときに印象に残っているのは、地震の次の営業日である月曜に、当時の社長の川村が全社員を集めて「仮に今後3年間、売り上げがゼロでもおまえたちを食わせることはできるから安心しろ」と言ったのです。「頑張れ」ではなく「安心しろ」です。後は「仕事がなくても、朝、会社には来なさい」と。実際、イベントは自粛が続いて、1~2カ月は仕事のない状態が続きました。戻ってきたのは3カ月が過ぎた頃です。

創業者にしかできないことがある

その時期を乗り越えて、江草さんが、社長(COO)に就任したのは12年です。社長含みでの入社だったわけですね。

江草:面接のときにそう言われました。ですが、いったんは断りました。私の家は代々、有斐閣という法律系の出版社を営んでいて、社長だった私の親父は53歳の若さで殉職のような形で亡くなっているのです。社長は短命という印象がありました。なので断ったわけですが、そのときは「それはそれでいいから」ということで、入社に至りました。

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