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堤清二は「発想の早すぎる経営者」だった

クレディセゾン林野社長が語るセゾングループと堤清二(後編)

  • 日経ビジネス編集部

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2018年10月10日(水)

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 無印良品、ファミリーマート、パルコ、西武百貨店、西友、ロフト、そして外食チェーンの吉野家――。堤清二氏が一代でつくり上げた「セゾングループ」という企業集団を構成していたこれらの企業は、今なお色あせることはない。

 日本人の生活意識や買い物スタイルが大きな転換期を迎える今、改めて堤氏とセゾングループがかつて目指していた地平や、彼らが放っていた独特のエネルギーを知ることは、未来の日本と生活のあり方を考える上で、大きなヒントとなるはずだ。そんな思いを込めて2018年9月に発売されたのが『セゾン 堤清二が見た未来』だ。

 本連載では、堤氏と彼の生み出したセゾングループが、日本の小売業、サービス業、情報産業、さらには幅広い文化活動に与えた影響について、当時を知る歴史の「証人」たちに語ってもらう。

 連載第1回目に登場するのは、「セゾンカード」で知られるクレディセゾンの林野宏社長。西武百貨店に入社し、堤氏の薫陶を受けた林野社長は、堤氏の経営哲学を掘り下げ、クレディセゾンの経営に生かしている。林野社長の中に宿る「セゾンイズム」「堤哲学」とは何か、話を聞いた。(今回はその後編)

クレディセゾン社長・林野宏氏(写真/竹井俊晴)

前編では林野社長がクレディセゾンで、アルバイトを除く全従業員を正社員にする決断を下した背景に、堤氏の経営哲学があることが分かりました。クレディセゾンの前身は緑屋という月賦百貨店でした。1976年に西武百貨店が経営支援をして、1980年に社名を西武クレジットに変更。林野社長は1982年に、西武百貨店から西武クレジットに異動して、クレジット本部営業企画部長となり、本格的な流通系クレジットカード会社への業態転換を主導しました。堤さんからは直接、具体的な指示がありましたか。

クレディセゾン林野社長(以下、林野):西武クレジットに行って、カード会社をつくってこいと言われただけです。それ以上、細かい指示はありませんでした。

 緑屋を経営支援した西武百貨店は当初、商品政策を変えることで再建しようとしたのですが、うまくいかなかった。そこで顧客名簿をもつ月賦販売という緑屋のビジネスモデルの延長線上で考えて、カード会社に転換しようという戦略になったのでしょう。

 ところが実際は、月賦とクレジットカードでは、ノウハウが全く違っていました。

 だから私はクレジットカード会社をつくるにはどうしたらいいかと調べて、自分で企画書をつくりました。先行各社でヒアリングをしたり、自分で米国や日本のカード会社に関する書籍を買って読み込み、どういうカード会社をつくれば成功するのかと戦略を描いたのです。

 堤さんは当初から「カードはメディアだ」と言っていましたね。私もその通りだと思います。

 メディアだから、メッセージを発信し続ける必要がある。

 もちろんカードのポイントがどれくらい得だとか、そういうことも大事なんだけれども、そういうことだけに特化して顧客を集め続けるのは違うだろうと思っています。

 21世紀は、堤さんが期待していたような「感性社会」になっていくのではないでしょうか。私は「感性創造経済」というふうに言っているけれど、「感性」で新しいものをつくり出すような経済がもっと広がっていくと思います。

 当社は、そういう世の中で、価値を生み出す会社になりたいと思っています。

「『セゾン 堤清二が見た未来』外伝」の目次

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