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北京に吹き荒れた「看板・広告撤去騒動」の顛末

強権を振るう北京市トップは習近平の寵臣

2017年12月22日(金)

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北京市書記の蔡奇は現代の蔡京か?(写真:ロイター/アフロ)

 北宋(960~1127年)の政治家に“蔡京(さいけい)”(1047~1126年)という人物がいる。興化郡仙游県(福建省仙游県)の人で、前後4回(1102~1106年、1107~1109年、1112~1120年、1124~1126年)にわたって宰相を務め、権力を掌握すること合計16年間に及んだ。蔡京は、後世の人から「中国史上最も名高い汚職官僚の1人であり、贅の限りを尽くし、無能で無定見、保守的で腐敗にまみれ、北宋王朝の衰微を招いた奸臣」と評されている。

歓心を買う奸臣

 蔡京は宰相を4回も務めた程の人物だから、決して無能であったとは思えない。その証拠に、蔡京は“興寧3年(1070年)”に実施された科挙で“進士”に23歳の若さで合格している。北宋の第6代皇帝“神宗”(在位1067~1085年)は財政再建のため“王安石”を宰相に任命して“新法(革新政策)”を行わせたが、神宗の死後政権を握った“宣仁太后”は保守派の“司馬光”を宰相に任命して“旧法(保守政策)”に復そうとした。司馬光は新法である“募役法”を廃止し、旧法である“差役法”を復活させることを5日間の期限で実行するように命令したが、役人の抵抗で思うように保守回帰が進まなかった。当時、“開封府”(現・河南省開封市)の“知事(長官)”であった蔡京は、新法支持者であったにもかかわらず、司馬光におもねって旧法支持者に転じ、この難題を司馬光の命令通り5日間で実行して、司馬光を喜ばせたという。

 宣仁太后が1093年に死去すると、7代皇帝“哲宗”(在位1085~1100年)の親政が始まり、再度新法への復帰が行われ、多数の旧法派官僚が追放され、新法派官僚が登用されることになった。しかし、蔡京は神宗時代には新法、宣仁太后時代には旧法を支持するという無定見な風見鶏的性格が災いして、冷遇された。ところが、第8代皇帝の“徽宗”(在位:1100~1126年)の治世が始まると、持ち前の非凡な処世術で宰相に上り、彼に反対する者は旧法派・新法派を問わず追放して絶対権力を握り、16年間も宰相の地位を保った。権力者となった蔡京は、一般民衆から重税を取り立て、大規模な土木工事を行い、大量の賄賂を受け取って私腹を肥やし、富と権力を独り占めして、北宋の弱体化を促進させた。なお、蔡京は伝記歴史小説『水滸伝』にも悪名高き“高俅(こうきゅう)”と並ぶ「四奸臣」の1人として登場している。

コメント4件コメント/レビュー

蔡奇・北京市党委員会書記は決して愚かな人ではあるまい。そうであったらば、片田舎から首都北京のトップにまで上り詰めることができるはずがない。中国共産党式観点では非常に賢い人物だとなるのだろう。なんだか中国内陸部の農村部の党委員会書記が禿山の緑化のために、植樹するのではなく山全体を緑の塗料で塗ってしまったという信じがたい出来事を思い出した。此度の蔡奇の強硬策も習近平からの暗黙の了解があるのは間違いない。でも、人民の不満が危険レベルにまで高まった場合は、習近平は全ての責任を蔡史に押し付けスケープゴートにして事を終わりにするであろう。中国共産党的見地から脱却して蔡奇なる人物を診ると賢いのか愚かなのかわからない。少なくとも私は後者だと思う。中華系の国際都市として香港とシンガポールがよく比較対象となる。好き嫌いは人それぞれだが、私個人の体験だと香港のほうが圧倒的に面白い。シンガポールのような無機質極めた都市には大半の旅人は魅力を感じない。蔡奇はシンガポールの国父・李光耀(リークワンユー)のやり方をモデルにしているのかもしれない。北京のような歴史ある古都がシンガポール化してしまうというのが良いと看做す中国共産党指導部。これでは歴史探訪のために日本の京都や奈良を訪れる中国人観光客がますます増えるのではないか? 天際線、高層ビル群こそが唯一の価値。唯物史観か?でも、古風な建物だって物だ。解らない。(2017/12/23 19:20)

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「北京に吹き荒れた「看板・広告撤去騒動」の顛末」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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いただいたコメント

蔡奇・北京市党委員会書記は決して愚かな人ではあるまい。そうであったらば、片田舎から首都北京のトップにまで上り詰めることができるはずがない。中国共産党式観点では非常に賢い人物だとなるのだろう。なんだか中国内陸部の農村部の党委員会書記が禿山の緑化のために、植樹するのではなく山全体を緑の塗料で塗ってしまったという信じがたい出来事を思い出した。此度の蔡奇の強硬策も習近平からの暗黙の了解があるのは間違いない。でも、人民の不満が危険レベルにまで高まった場合は、習近平は全ての責任を蔡史に押し付けスケープゴートにして事を終わりにするであろう。中国共産党的見地から脱却して蔡奇なる人物を診ると賢いのか愚かなのかわからない。少なくとも私は後者だと思う。中華系の国際都市として香港とシンガポールがよく比較対象となる。好き嫌いは人それぞれだが、私個人の体験だと香港のほうが圧倒的に面白い。シンガポールのような無機質極めた都市には大半の旅人は魅力を感じない。蔡奇はシンガポールの国父・李光耀(リークワンユー)のやり方をモデルにしているのかもしれない。北京のような歴史ある古都がシンガポール化してしまうというのが良いと看做す中国共産党指導部。これでは歴史探訪のために日本の京都や奈良を訪れる中国人観光客がますます増えるのではないか? 天際線、高層ビル群こそが唯一の価値。唯物史観か?でも、古風な建物だって物だ。解らない。(2017/12/23 19:20)

中国ではよくあること。
規制に基づいて看板を掲出していても、ある日突然に規制が変わり、違法看板として撤去されたり、他の違法看板を撤去する際に、よく確認されずに一緒に適法看板が撤去されてしまったり。
行政絡みでなくても、広告代理店とビルのオーナーがケンカした関係で、看板が撤去されたこともある。広告代理店の社長が政府幹部とのコネがあり、そのケンカが行政を巻き込むレベルまでなったことで、多く看板が掲出されてることが有名な場所であったが、一帯の看板が全て撤去となったり。
空港へ向かう道路沿いの場合、道路と一体化して看板が整備されるが、道路より少し奥まった場所に道路管理者以外による看板が雨後の筍のように乱立してくると、一体化して整備された看板まで撤去されてしまうことも珍しくない。
今回の北京の場合はわからないが、行政側の都合での撤去は、有無も言わせずに行政側の業者によって実行されるが、撤去費用を請求されることはなかった。
これまでは行政側の独断と都合で、粛々と進められることが当たり前だったが、今回の話を聞くと、最近は世論を少しは気にするようになったのだと思う。(2017/12/23 07:20)

反腐敗で権力を確立しつつある主席ですが、
「然らば、主席の御友達取巻き連は皆々、クリーンで有能な方達ばかりですかね?」
と訊くヒトは中国には居ないのですかね。特に報道には?

 その膨大な数の看板の撤去、広告料がどれくらいバァになったんでしょうか?
広告代理店のようなところ、にして見たらある日ある時、突然営業の重要な柱が
1本、「お上の御達し」で無くなるのですからたまったのもではない(2017/12/22 08:58)

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