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華やかな敗北を見たがる人々

2018年4月27日(金)

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 久しぶりにサッカーの話題に触れておきたい。

 この先、ワールドカップ(W杯)が間近に迫ったタイミングになると、ネガティブな文章は書きにくくなる。
 だから、いまのうちに書いておく。
 今回の記事はそういうテキストになる。

 私は、一人のサッカーファンとして、6月から開催されるロシアW杯の成功を願っている。

 なので、本当なら、その盛り上がりに水をさすような原稿は書きたくない。
 でも、それはそれとして、サッカーファンだからこそ書かねばならないことがあるはずだとも思っている。
 いま書いておかなければ、日本のサッカーに未来はないとすら考えている。

 なんというのか、一人の男がサッカーファンになるということは、自分の力で自国のサッカー界を変革せんとする夜郎自大な思い込みをアタマの片隅から滅却できなくなるということでもあるわけで、実に厄介な生き方なのである。

 私は、ハリルホジッチ監督を解任した日本サッカー協会のガバナンスを信頼していない。
 理由は、協会の首脳部が、監督人事とチーム編成という自分たちの最も大切な仕事に関して筋道だった説明を回避しているからだ。この態度は、日本のサッカーがこの30年ほど歩んできた道筋を自ら台無しにするものだ。

 もっとも、私が苦言を呈することで協会が目を覚ます、と、本気でそう思っているわけではない。
 そんなことは不可能だ。
 私がこれからここに書くテキストは、心の中で思っていることを吐き出さずにいると体調を崩してしまうからという私自身の個人的な事情を反映した結果にすぎない。

 協会の関係者にも読んでほしいと思ってはいるものの、私の見るに、彼らは死によってのみ治癒可能なタイプの疾患をかかえている人々だ。そんな人たちの考えを改めるに足る文章を書くことは、書き手が誰であれ、不可能な仕事だ。

 自分が愛情を寄せている対象に、いつでも変わることなく賛嘆と支援の気持ちのみで向き合えるのなら、それに越したことはない。
 実際に、そうしている人たちがたくさんいることも知っている。

 私にはそれができない。
 私は、愛すればこそ苦言を呈さなければならないと考えてしまう厄介な組の人間だ。

 反日という言い方で、私の言いざまを罵る人々が現れるであろうことはわかっている。
 あらかじめ言っておきたいのは、私が日本のサッカーに注文をつけるのは、弱くなってほしいからではないということだ。私は、きたるW杯の舞台で、日本代表チームが一つでも多く勝つことを願っている。

 ただ、勝利を願う一方で、私たちの代表チームが、このたびの愚かな選択の報いを受けるべきだと考える気持ちをおさえることができずにいる。
 こんな不幸な気持ちでW杯を迎えるのははじめてのことだ。

 4月9日、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長は、2015年3月以来3年間にわたって日本代表チームの監督としてチームを指揮してきたヴァイッド・ハリルホジッチ監督の解任を発表した。

 この時の会見で、田嶋会長は、解任の理由について、内容、結果ともに低調だった3月のマリ戦、ウクライナ戦の結果を受けて「選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきて、今までのことを総合的に評価してこの結論に至った」と語っている。

 以降、これ以上の説明をしていない。

 サッカーチームは、どんな枠組みのどんなレベルのチームであれ、常に監督と選手との間に緊張感をはらんだ中でゲームに臨むものだ。
 むしろ、高いレベルになればなるほど、監督と選手の間には戦術や起用法について意見のぶつかり合いや感情的な行き違いが生じやすくなると言っても良い。

 監督と選手の間だけではない。中盤の選手と前線の選手の間にはいつもポジション取りについての齟齬が生じているものだし、ディフェンスの選手と中盤の選手も、常に守備の最終ラインや攻撃の起点に関して異論をぶつけ合っている。ベンチにいる選手とピッチの上にいる選手の間にも当然のことながら対立を孕んだ空気が介在している。

コメント104件コメント/レビュー

コロンビア戦に勝った後ですが、それでも、いやむしろ、だからこそか、ここで指摘されている課題が地上波放送で露呈していますね。(2018/06/22 11:57)

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「華やかな敗北を見たがる人々」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

コロンビア戦に勝った後ですが、それでも、いやむしろ、だからこそか、ここで指摘されている課題が地上波放送で露呈していますね。(2018/06/22 11:57)

監督は勝敗に責任を負う代わりに、選手の起用や戦術を決めることができる。
選手は監督の求める戦術に自らアジャストしていかなければならない。その戦術に合う別の選手がいるのであれば、たとえ無名でもそちらの選手を使うというのは監督の自由だ。

また、日本を勝たせるために自分の考えたやり方を貫こうとするハリルのような監督は「誰で戦うか」には執着していように見えた。監督によっては「能力が高い選手を起用すれば一番勝率が上がる」と考えて起用することもあるだろうけれど、いずれにせよどう戦うかは勝ち負けの責任を負ったものだけが決められることなのだ。

それなのにW杯出場を決めて、いよいよ最終的な結果を披露する段階になってから勝ち負けと違うところで解任されてしまった。これでは今までどうして監督を任せてきたのか説明がつかない。監督は勝ち負けに責任を負う代わりに自分の思うようにチームを編成できるのではなかったのか。

本田が「ハリルのおっさん俺の意見全然聞けへんやん」というのはコミュニケーション不足とは違う。コミュニケーションは十分に取っていたし、そもそもコミュニケーションを取ることは手段であって監督の目的ではない。解任にハリルが納得いかないのは当然だ。

つまるところ、監督には結果以外の義務も責任もあったということだ。協会が「コミュニケーション」という言葉に変換した何かが。(2018/06/11 15:57)

多くのサッカーファンが、もしかしたらサッカーファンじゃない人も。

「コミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきた」から解任した、
なんてことは信じていない。

つまり、誰もJFAを信じてないということ。

電通やらスポンサーの圧力があってのことなら、
こうやって記事を書いたり、それを読んで議論している人たちを見て、
彼らが喜んでいるのかもしれない。
ほら、盛り上がってるじゃないか、と。

それを思うと、心底腹立たしい。(2018/06/10 10:48)

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