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男だ女はもう「114」。埋まらぬ日本の格差問題

ジェンダー・ギャップ指数で144カ国中堂々の114位!

2017年11月14日(火)

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日本の順位 対象国数
2017 114 144
2016 111 144
2015 101 145
2014 104 142
2013 105 136
2012 101 135
2011 98 135
2010 94 134
2009 91 134
2008 98 130
2007 91 128

 ただ、否定的なコメントをする人の9割以上は「男女」という言葉に過剰に反応し、「男女格差をなくせ!」とか「男女平等にしろ!」と、正面から言えば言うほど「不当に責められた」と感じて、反射的に「ノー!」と拒絶する傾向が強い(あくまでも個人的感想です)。
 ならば、「男、女」とは違う角度から問題提起する必要があるのかもしれない。

 つまり、「性」で考えるからめんどくさくなる。
 「労働」で考えればわかりやすい。

 というわけで今回は「男とか女じゃなく、労働でどう?」という切り口で、このテーマをアレコレ考えてみようと思う。

 まず、一般的には「労働」とは有償労働をさすが、国を成長させ、社会を支え、人を守る労働は、「市場労働とケア労働」の2つに分けることができる。

・市場労働(market work)=商品として売買される労働力としての「有償の労働」。
・ケア労働(care work)=家事、育児、介護、ボランティア活動などの「無償の労働」

 ケアという言葉は「ケアの論理」に代表される米国の倫理学者・心理学者のキャロル・ギリガンの道徳理論に由来するが、ここでの「ケア労働」とは、単純に私たち社会が成立するうえでの無償の労働と捉える。

 生きていくためには「お金」が必要なので、私たちは「市場労働」をする。
 生きていくためにはご飯を作って食べ、部屋を掃除する。子供や高齢者にはその力がないので、他者(親や子など)がご飯を作ったり、掃除をしたりといった「ケア労働」をする。

 男であるとか女だとかとは関係なく、どちらも、私たちが生きていくためには必要不可欠な労働であることを、否定する人はいないはずだ。

目的は「市場労働への参加」か?

 ところが、先のジェンダーギャップ指数を含め世間に流布されている男女格差にまつわる指数では「市場労働」を軸にしたものが多い。最近では「家事時間」を男女で比較するものもあるが、先のケア労働は“家事や育児”だけを指しているわけじゃない。

 従って、労働市場における市場労働(有償の労働)は男性が、家庭におけるケア労働(無償の労働)は女性が、という前提で考える必要はない。というか、そう考えたらおかしい。

 男であれ女であれ、市場労働とケア労働にアクセスする権利があり、前者は「労働権」、後者には「父母権」「保育権」がある。「子が親を介護する権利」、「社会活動としてボランティアする権利」なども含まれる。

 その上で、社会政策の国際比較を行って福祉国家の類型化を試みたスウェーデンの社会政策学者セインズベリーの研究をべースに、「市場労働とケア労働を国の政策としてどう考えているのか?」を横軸に、「社会におけるジェンダー役割」を縦軸に表を作成してみよう。すると、次のページのようになる(著者による)。

コメント65件コメント/レビュー

例えばバイトの時給を上げれば社員の給与も上げざるを得ないと感じる人は多いと思いますが、「ケア労働<市場労働」と捉える方々は、ケア労働の価値が上がれば市場労働の価値はもっともっと上がるだろう、とは感じないんですよね。むしろ一定の総量の中からケア労働に価値が分配されれば市場労働の価値が減ると考えて拒否してしまう。
一般的に、バイトと社員では責任感や裁量面等で明らかに価値の差があります。なのでバイトの時給を上げれば、それより価値ある仕事をしている社員の給与も上げなければおかしい、となる。
しかしケア労働の価値を上げても、それより価値があると主張している市場労働の価値が相対的にもっと上がるとは考えない。これ、矛盾です。
つまりケア労働も大切だと分かってはいるけれど、自分達の利益を守るために拒否してしまうのではないでしょうか。無意識なのか意図的なのか知りませんが。
アベノミクスでシャンパンタワー政策がとられましたが、注がれたシャンパンは途中で少しずつ誰かが搾取してしまって、一番下の段までは下りてきませんでした。次は下から注いでいって上まで満たす方法を試してみる番ではありませんか。(2017/11/30 14:20)

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「男だ女はもう「114」。埋まらぬ日本の格差問題」の著者

河合 薫

河合 薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

例えばバイトの時給を上げれば社員の給与も上げざるを得ないと感じる人は多いと思いますが、「ケア労働<市場労働」と捉える方々は、ケア労働の価値が上がれば市場労働の価値はもっともっと上がるだろう、とは感じないんですよね。むしろ一定の総量の中からケア労働に価値が分配されれば市場労働の価値が減ると考えて拒否してしまう。
一般的に、バイトと社員では責任感や裁量面等で明らかに価値の差があります。なのでバイトの時給を上げれば、それより価値ある仕事をしている社員の給与も上げなければおかしい、となる。
しかしケア労働の価値を上げても、それより価値があると主張している市場労働の価値が相対的にもっと上がるとは考えない。これ、矛盾です。
つまりケア労働も大切だと分かってはいるけれど、自分達の利益を守るために拒否してしまうのではないでしょうか。無意識なのか意図的なのか知りませんが。
アベノミクスでシャンパンタワー政策がとられましたが、注がれたシャンパンは途中で少しずつ誰かが搾取してしまって、一番下の段までは下りてきませんでした。次は下から注いでいって上まで満たす方法を試してみる番ではありませんか。(2017/11/30 14:20)

 114番ってのは相対的な数字なわけで、ビリの国が上げればその次の国がビリになるってだけの意味の無い数字ですね。全体的に意識が有ろうが無かろうが順位が付いてしまうんで。
 ストライキのお話は男女で敵対させてしまえば、逆の男性側がストライキを起こしても同程度以上の社会混乱になりますよ。
 同姓婚に関しては好きな者同士が勝手にやってれば良いけど、一々報道してほしくないです。
 何にせよ、同姓婚が認められなくても女性の家事等の評価が低いと感じても、日本にいることを選択しているように思われます。(2017/11/24 10:35)

女性のストは示唆に富むアイデアですね、日本全体では難しいでしょうから、地域限定で是非実験してみて下さい(経済特区として立憲民主党から提案して欲しいものですね)。(2017/11/22 07:35)

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ジェレミー・ハンター 米国クレアモント大学経営大学院准教授