議論は声のでかいヤツが勝つ

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杉田水脈氏発言と東京医大問題、遙さんの見解は?

遙から

 杉田水脈氏の発言を元に議論する番組に出た。LGBTには“生産性がない”、保育園に落ち悲嘆する母には“優先順位が低い”、レイプ被害者を指し“スキがある”などなど、すでにメディアでは問題視され批判されてきた言葉使いだったが、実際議論をすると想定外の結果にぶち当たることになった。

 そこに並ぶ知識人文化人、元政治家、そしてLGBT当事者、誰もが、「杉田発言は正しい」と主張する人に、勝てなかったのだ。

 「子作りは生産ではない」
 「いや生産だ」
 「そもそも生産性とは何を指すのか」
 「子供を産むことだ」
 「生産とは工業用品とかに使用する言葉だ」
 「出産することだ。生産には産むという字が使われているじゃないか」
 「だから人権問題だって言ってるんだよ」
 「LGBTの活動の旗を見るだけで不快になる人だっているんだ」

 といった具合に。いやはや本当に生産性のない議論になった。資料を駆使して論戦することもなく、怒声が飛び交った。あれは議論なんかじゃない。つまり、声の大きい人間が勝った、ということだ。

大きな声に戦意が折れていく

 声が大きい人に反論できるだけの声量が枯渇し、私も含め、反論そのものを放棄したのだ。そりゃもう、こっちも喉が切れるほど声を上げたが、LGBTが嫌いというもっと大声の人と意見のやりとりをすることは不可能だった。

 あまりの不毛さというか低レベルさに、議論を挑もうとした人たちの戦意が折れていくのが分かった。

 議論は、声のデカい奴が勝つ。

 その現場を見たわけだが、なぜ声のデカい奴にあらゆる問いや批判が届かないのか、会話が成立しないのか。それは、声がデカいということは、それだけ感情的になっているからだ。つまり、論理VS感情、ならば、感情が勝つ。

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著者プロフィール

遙 洋子

遙 洋子

タレント・エッセイスト

関西を中心にタレント活動を行う。東京大学大学院の上野千鶴子ゼミでフェミニズム・社会学を学び、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を執筆。これを機に、女性の視点で社会を読み解く記事執筆、講演などを行う。

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