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日本唯一の墓地設計家が作る、見たこともない墓

時代が要請する「家」と「墓」の発明

2017年6月26日(月)

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 彼女は今、「墓地設計家」を名乗っている。

 JR新宿駅から電車に揺られて1時間。横浜線片倉駅に降り立って、多摩丘陵の森の中を10分ほど歩くと、視界が急に開ける。「風の丘 樹木葬墓地」。これまで全く見たことがない墓地の姿が、視線の先にあった。

 梅雨前の6月上旬。快晴のもとで現地を訪れた記者は、素直に「これが墓地なのか」と思った。

風の丘 樹木葬墓地の全景(写真:全て吉成 大輔)

 まるで公園のようである。芝生で覆われたうねる大地の中を、曲がりくねった小さな道が貫通する。入り口には大きな水盤が設けられ、そこに小さな献花台がある。

 墓石は一つもない。骨壷が眠るのは芝生の下。35cm角の区画が割り当てられ、その個別区画に骨壷を埋葬する仕組みだ。区画数は約3000。この芝生の丘が、全体で一つの大きな墓である。森の中に現れた公園のような空間は、これまでの墓地のイメージを払拭するかのようなインパクトがある。

 通路の両脇に設けた金属板に埋葬された方の氏名の刻印が入る。芝生のどの辺りに眠るのかはその銘板で知る。

風の丘 樹木葬墓地を設計した関野らんさん

 設計したのは、一級建築士の資格を持つ関野らんさん。恐らく、「墓地設計家」を名乗るのは国内で彼女だけだろう。大学で建築・土木のデザインを学んだ彼女が設計する墓地に、関係者が熱視線を送る。これまで6カ所の墓地が完成し、未完成・進行中のプロジェクトを合わせると20カ所を超える。

コメント3件コメント/レビュー

新しいと言っても、墓という場所と遺骨は残る。
人間が存在し続ける限り、なくならない。
かたや、他の生物はどうだろうか、皆土に還り、海に帰りして、
新たな生命を生み出す。
人は、墓所という概念をいつになったらなくすことができるのか、必要なことではないだろうか。(2017/06/27 10:15)

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「日本唯一の墓地設計家が作る、見たこともない墓」の著者

島津 翔

島津 翔(しまづ・しょう)

日経ビジネス記者

2008年東京大学大学院工学系研究科修了、日経BP社に入社。建設系専門誌である日経コンストラクション、日経アーキテクチュアを経て、2014年12月から日経ビジネス記者。担当分野は自動車、自動車部品。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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新しいと言っても、墓という場所と遺骨は残る。
人間が存在し続ける限り、なくならない。
かたや、他の生物はどうだろうか、皆土に還り、海に帰りして、
新たな生命を生み出す。
人は、墓所という概念をいつになったらなくすことができるのか、必要なことではないだろうか。(2017/06/27 10:15)

庶民向けのお墓や儀式は、200年くらいの歴史でしかないらしい。戦後の核家庭化と都市部集中によって、儀式が地縁的なものから個人的になり、霊園などがつくられていった。そこに少子化と家族の分断が加速して、墓石をもてない人がいる一方で、放置されている墓石が増えている。
この現象は、過疎化した団地、病院で死ねないしくみ、放置空き家の問題と重なり、昭和30年代から急激に変化してきた生活スタイルの終焉をみることができる。しかし、かつて団塊の世代が新しい結婚式のあり方を定着させていったように、いよいよお墓のあたらしいモデルができつつあるのかもしれない。
そもそも、死を迷惑なことのようにしてしまった雰囲気が問題である。斎場はパチンコ屋ではない。ネアンデルタール人が死に際して花を手向けていたという考古学的証拠が出て、縄文の三内丸山遺跡では、こどもの遺骨が入っていた壺は居住区の近くに、その他の人は決められた場所に決められた作法で葬られている。
私たちは、身体の中にある感覚に今一度向き合っていく必要である。きっと人類共通のあり方が見えてくる。荒れた墓石ではなく、みんなが訪れて忘れ去られない場所などに。(2017/06/26 15:18)

私の場合、兄が養子に行ったため、遠隔地に住む「跡取り」となった。兄は子供の頃から両親から「跡取り」として育てられたが、私の場合大学生の時に突然兄から「養子に行くから後は頼む」と言われて仕方なしに継がされた格好になった。その時に兄からは、「市内に住むから、親が一人になった時には面倒は自分が見るが、墓はそうはいかないので心得て欲しい。」という旨の依頼だった。「嫌だと言っても養子には行くのだろう?」という様な嫌味の一言は言った様な気がする。それから四十数年たって、父はとうに亡くなっていたが、母の背が曲がり日常の家事も大変そうで、帰郷するたびに「いつ戻ってくるの?」と聞かれていた。それは「早く帰ってきて欲しい!」という気持ちを別の言葉で表現しているものと理解していた。現に、私と二人でいる時には、如何にも大変そうにするのが常で、3年前に、『これ以上放って置けない』と思い、妻に相談したが、母とうまく言っていなかった妻は言下に拒否した。仕方なしに単身で帰郷し、要支援2の母の介護を続けている。実家の住環境、特に二階は冬はめちゃくちゃ寒く、夏はクーラーを一日中付けっ放しにする程暑い。そこで、私の老後の蓄えとしていた金融資産を全て処分して家を立て替えた。断熱性能が高いので光熱費は半減以下に落ちて快適に暮らしている。床もバリアフリーなので、母は歩行補助器を使って部屋から部屋にスイスイ移動している。そういった環境がよかったのか、私の帰郷以降、母の介護レベルは変わらずに3年経過した。今、客観的に母を見ると、本当に私が妻と別居してまで介護のために実家に戻る必要があったのかと考えさせられる事が多い。母からしてみれば、それまでは気ままな一人暮らしで好き勝手に生活していたのに、「跡取り」が一緒に住む様になってから、アレヤコレヤうるさく言われる。我が家の墓は「XX家代々の墓」と彫られていて、「永代供養料」を払って父が購入した墓地だ。寺の敷地の墓地なので、「檀家」としての縛りがある。通常は年間2万円程度の出費で済むが、寺の大修理や庫裡の改築などは、30年に1度程度発生する。その時には3、40万円の「寄付の要請」がきて、拒む事が出来ない。費用の少なくて済む公営墓地か、記事に紹介されている樹林葬に変えたいが迷っている。(2017/06/26 14:45)

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