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中国人の「面子」と『ドラゴンボール』の世界

「スカウター」のように相手の「強さ」を読み合う

2018年11月5日(月)

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今回は、単行本『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』の中から「面子(メンツ)」について触れた部分を、ウェブ用に編集してお送りします。中国人を理解する上で重要な概念の「面子」ですが、日本にも同じ単語があるために、正確に理解することがかえって難しい概念かもしれません。コメント欄でも触れていただいた方がいました。「スジと量」で、面子を読み解くとどうなるでしょうか。

 「中国人と言えば『面子(メンツ)』を大事にするそうだ。面子と『量』はどのように関係しているのか?」

 中国社会を知り、日本社会と比較するフレームとして「量」と「スジ」をご紹介してきたが、こんな疑問を抱いた方もいるだろう。「中国人が面子を重視する」ことはよく言われるし、まったくその通りで、彼らを理解するキーワードでもある。そして、その底にはやはり「量」の思考が存在する。だが、「量」の話をする前に、まず「面子」について詳しく説明しておこう。日本で言う「メンツ」とは意味がかなり異なるからである。

日本語の「面子」とは意味も重さも違う

 中国語でよく使われる言い回しに「面子が大きい 」という言い方がある。
 「あの人は本当に面子が大きいね」とか「私は彼ほど面子が大きくないから……」といった使い方をする。

 「面子が大きい」という言い方は日本語ではなじみがないが、要するにこれはその人の「問題解決能力が高い」ことを意味する。つまり「他の人にはできないことが、その人にはできる」ことである。

 例えば、普通ではなかなか入れないような幼稚園や学校に、その人に頼むと、(さまざまな方法で人を動かして)何とか入れてしまう。正面からのルートではとても会えないような著名人に、その人に頼めば面会できてしまう。そういったようなケースで、「あの人は面子が大きい」ということになる。もっと生臭い話でいえば、正式には競争入札によって受注企業が決まるはずなのに、「面子の大きい」人に頼めば有利に取り計らってもらえるとか、有利な条件で国の持つ土地の使用権を譲ってもらえるとか、そういったことも当然、含まれる。

 これは(日本人が好む)「スジ」的に言えば「なんといい加減な社会だ、不公平だ」ということになるのだが、よい悪いではなく、現状がそうなのだから止むを得ない。普通の人々に広く適用されているルールや常識的な相場観のようなものが存在するにもかかわらず、その人物が出てくると、その枠を飛び超えて、異例な取り計らいが実現してしまうような人が「面子の大きい人」である。

「誰よりも優れている」という、最大級の褒め言葉

 中国社会において、このような「面子の大きい人」は極めて便利で、かつ大きな利益をあげられる可能性を持つ。それは時として便利や利益というレベルを超え、自分や家族の安全すら確保してくれる人である可能性がある。

 だから普通の中国人にとって、「面子の大きい人」とは、非常に頼りになる、どうにかしてお近づきになりたい人である。というより、「面子の大きい」人が近くにいないと安全・快適な生活を実現するのは難しい。だから「あの人は面子が大きい」という表現は、中国社会では最大級の褒め言葉である。周囲から尊敬と羨望のまなざしで見られる人物を意味する。そして誰もが自分も何とか自分の面子を大きくしたいと考える。「面子が大きい」と世間から言われるような人になりたい、と思うのである。

コメント25件コメント/レビュー

この欄で以前から、中国と付き合うのは難しい、という趣旨のコメントとが多く見られますが、筆者の記事を読むと、中国の面子を立ててへりくだったふりさえしていれば上手くやって行けそうな気がします。相手は単純なのでおだてていればいい、ちょっとだけ利益を供用し続ければ、こちらを潰そうとはしない . . . そういう平衡状態に持ち込めるのでは。(2018/11/07 16:26)

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「中国人の「面子」と『ドラゴンボール』の世界」の著者

田中 信彦

田中 信彦(たなか・のぶひこ)

BHCCパートナー

90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で働く。リクルート、大手カジュアルウェアチェーンの中国事業などに参画。上海と東京を拠点にコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

この欄で以前から、中国と付き合うのは難しい、という趣旨のコメントとが多く見られますが、筆者の記事を読むと、中国の面子を立ててへりくだったふりさえしていれば上手くやって行けそうな気がします。相手は単純なのでおだてていればいい、ちょっとだけ利益を供用し続ければ、こちらを潰そうとはしない . . . そういう平衡状態に持ち込めるのでは。(2018/11/07 16:26)

日本人もそうですが、中国人はさらに、もっと異文化の人と交流する機会を持つべきですね。

中国人が、例えば米国で一人で暮らしていれば、誰も面子など立ててくれない。辛いでしょうが、頭のいい人なら、自分が面子に縛られていたことに気づくかもしれない。

逆に言うと、中国人が世界中どこに行っても、固まって住み中国人コミュニティーの中だけで生きようとするのは、筆者の仰るような、文化を共有する他人の存在への依存度の高さのためかも知れませんね。(2018/11/07 16:20)

>面子は儒教(序列主義)と似通っていると思いながら読みましたが、多分逆であろうと気づきました

なるほど。私は逆に、面子とは儒教から派生しているものかもしれないと思って読みました。少し長くなりますが、以下解説します。

儒教は「法治主義」ではない「徳治主義」を取ります。「『徳』の高いものが指導者になるべきである」という政治形態なのですが、「『徳』の高さをどのように定量的に測るか」が問題となります。ここでもうひとつの評価軸が出てきます。「『徳』とは人間が本来の能力を発揮した状態である」という考えです。儒教は実は「性善説」です。勿論現代日本の性善説とは異なり、「善」=「能力」の意味で使われます。「人間は生まれながらに『徳』が欠けているため能力が制限されており、『徳』を身に付けることで人間本来の能力を発揮できる」という思考法ですが、結局そこでも「徳とは何か」という問いには答えられません。なのでいつしか「あの人が力が強く人脈も豊富で『面子が立つ』のは『徳がある』人だからだ」「あのひとがトップに立っているのは『徳がある』からに違いない」というように原因と結果が逆転してしまいました。
これは儒教国である韓国・北朝鮮も同様です。北の将軍様が専門外であろう視察の場であれこれ指示を出す映像はおなじみですが、あれも「トップに立つ人間ならば『徳』が高い人間で、徳が高ければ何にでも知識豊富な万能な人間のはずである」と考える儒教からすると当然で、専門外のことに口を出していると違和感を抱くことはありません(中国でも大躍進~文化大革命時に似たようなエピソードが山ほどありましたね。スズメを駆除して大飢饉を招いたりとか)。

結局「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を是とする日本文明とは水と油であることは確かで、ハンティントンのいう「文明の衝突」は西洋文明×イスラム文明と同様に日本文明×中国文明でも起こりつつあると思います。(2018/11/07 10:42)

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