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「食べ残し」が気になる貴方に知ってほしいこと

「一」から考える日本人、「絶対量」で見る中国人

2018年11月14日(水)

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 「スジか、量か」

 という観点からものごとを考えてみた時、日本では誰もがおなじみの格言の中に、いかにも「スジだなあ」と思われて興味深いものがたくさんある。思いつくものだけでも、こんなものが挙げられる。

「チリも積もれば山となる」
(ごく些細なものでも積もり積もれば山のようになる。小事をおろそかにするな)

「千里の道も一歩から」
(遠い道のりも踏み出した第一歩から始まる。着実に努力を重ねていけば成功する)

「一事が万事」
(一つの小さなことに見られる傾向が、他のすべてのことに現れる)

「点滴石を穿(うが)つ 」
(小さな水滴でも長い間続ければ硬い石をも溶かす。根気良く続けていれば成果が得られる)

「一円を笑う者は一円に泣く」
(小さな金を馬鹿にする者は、いつか泣く思いをする。小額でもお金を粗末に扱うな)

 ここに共通しているのは「一つのチリ」「一歩」「一事」「点(一)滴」「一円」というように、すべて「一」を基準に考えていることである。日本人はまずそこに「一つのチリ」があることに注目し、その存在を重視する。そして、その「一つのチリ」が積もれば山になると考える。まず「細部」が基準になって、その積み上げで「全体」が成立すると考える。

 そこには、たった一つのもの、もしくは非常に小さなものでも、それを粗略にすべきでないという精神がある。むしろ小さいこと、軽視されがちなことであるからこそ、そこに込められた意味を深く考え、尊重する。「本質は細部に表れる」と考えるのである。そういう考え方が「スジ」として日本にはあって、その故にこれらのことわざに多くの日本人が共感するのだろう。

弁当箱のご飯粒を食べ切る心理

 一方、「量」で考えることが基準になっている中国人は「一つのチリ」の存在を重視する発想が薄い。仮に多少のチリが存在しても、その量が少なければ現実的影響はない――と考える。つまり問うべきはチリが「あるか、ないか」ではなく、「どれだけあるか」だ――という思考の運び方をする。

 話をわかりやすくするために卑近な例を挙げれば、ご飯を食べ終わった後に、茶碗や弁当箱にご飯粒がいくつか残っているとする。これに対して多くの日本人、特に私のような年代の人間は、どうも落ち着かない感じがある。

 ご飯粒は残さず食べるべきもので、仮に一粒でも残っているのは「行儀が悪い」との感想を持つことが多い。「お腹が一杯で食べられないから一部を残します」というなら何とも思わないが、そうでなく、すっかりご飯を食べ終わっているのに、茶碗にベタベタとご飯粒がくっついている状態で「ごちそうさま」というのは、どこかに違和感がある。

コメント25件コメント/レビュー

「スジ」というのが行列の話だったり、マナーの話だったりするうちは「日本人のほうが高級だ」ぐらいに読んでいたはずが、お金の話になると、どうも皆さんのコメントに余裕がなくなってきた。
スジ論を展開する人に共通するのは「このスジ(=俺の言うこと)は正しい」という確信だから、この正しさが怪しくなってくると、どうしても強引さが前に出る。だって、1万円が50円より価値があることは争えないから...皆さん、もう少し気楽に「中国人とのつきあい方手引」ぐらいに読まないと、精神衛生上良くないのではなかろうか。

申し訳ないが、11/15 19:11のコメント氏の「農家はボッタクリなんだから」って、なんの論拠も示さず、いったい何なの?
「どちらにせよ、僕は正しい方に居る」ってことですか?(2018/11/18 02:14)

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「「食べ残し」が気になる貴方に知ってほしいこと」の著者

田中 信彦

田中 信彦(たなか・のぶひこ)

BHCCパートナー

90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で働く。リクルート、大手カジュアルウェアチェーンの中国事業などに参画。上海と東京を拠点にコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

「スジ」というのが行列の話だったり、マナーの話だったりするうちは「日本人のほうが高級だ」ぐらいに読んでいたはずが、お金の話になると、どうも皆さんのコメントに余裕がなくなってきた。
スジ論を展開する人に共通するのは「このスジ(=俺の言うこと)は正しい」という確信だから、この正しさが怪しくなってくると、どうしても強引さが前に出る。だって、1万円が50円より価値があることは争えないから...皆さん、もう少し気楽に「中国人とのつきあい方手引」ぐらいに読まないと、精神衛生上良くないのではなかろうか。

申し訳ないが、11/15 19:11のコメント氏の「農家はボッタクリなんだから」って、なんの論拠も示さず、いったい何なの?
「どちらにせよ、僕は正しい方に居る」ってことですか?(2018/11/18 02:14)

「人の生き方がここで大きく別れるように思う」という、いつになく厳しい言葉で終わったせいか、コメントがばらけていて面白い。今までの連載で、「やっぱりスジを通す日本人のほうが高級だ」と思っていたのに、ちょっとみみっちく見えてしまったのだろうか。

仕事の話になれば、正常な会社ならば、「スジの通った話」をし、%や単価を仕事にしている人はどこまで行っても雇われ人であって、経営者は常に金額で考えている(配当もお給料も¥だから)。
経営トップが単なる「昇進したサラリーマン」だけになると、決済資料の個々の数値や業界内のシェアにこだわり、その結果が最近のいくつかの改ざん事案を生んだと考えている。これらはたぶん「量に引きずられてスジを曲げた」のではなく、「影響の量を軽んじてスジの通った見かけにこだわった」のではなか。最近の日本には「本気でスジを通す」若手社員も「社会的影響を量れる」経営者も不足しているということではないか。

「チリが積もる」話は、民族的な話ではなく、生活格差の話と言っても言いわけで、まあ20円の違いに真剣な人は滅多なことでは100万円の買い物をしない。滅多にしないからつい冷静な判断ができなくなる。そういうことであって、日中の文化とは違うように思う(この話自体は私も読んで、好きですが)。

ところで、11/15 19:11のコメント氏ですが、藪から棒に「農家はボッタクリなんだから」って、論拠も示さず、いったいなんのお話しでしょうかな??(2018/11/16 22:59)

我が家では残しても良いと教育されました。
農家はボッタクリなんだから一粒に感謝なんて無意味だと。

良い家で育てられて感謝です。(2018/11/15 19:11)

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保岡 興治 元法相、自民党憲法改正推進本部特別顧問