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繁栄に取り残される中国の「ヒルビリー」とは?

  • 渡辺 由佳里

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2017年11月20日(月)

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上海万博の会場になる場所でビルを取り壊す農民工たち(2005年、写真=山田泰司)

 20年ほど前まで、私が知っている「中国人」は、台湾人か香港人、あるいは世界各地に腰を据えた華僑だけだった。香港に住んでいた1993年から1995年ですらそうだった。中華人民共和国のパスポートを持つ中国人と知り合うようになったのは、アメリカのボストン近郊に移住した1995年以降だ。彼らの多くは、大学院で学ぶために渡米してそのままこちらで仕事を得た人たちだった。

 私が住んでいるのは、家族あたりの平均年収が2000万円を超える、アメリカでも裕福な町だ。最近では、中国本土からの移民が激増している。彼らは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の教授、ITやバイオ企業の管理職であり、中国系移民のコミュニティでも「成功者」とみなされている。自分自身の成功の秘訣である「教育」を重視し、わが子にも有名大学への合格を要求する。公立学校での競争を激化させる存在として、ときに、ほかの親たちから問題視される存在でもある。

 初期に私がこの町で知り合った中国人は、十代のときに文化大革命(1966~76年)を経験し、その記憶が薄れないうちに渡米した人たちだ。だから、「必死に勉強して、良い大学に行って、良い職業を得る」ことを成功とみなし、それに最適な場所がアメリカだと考えている。中国人コミュニティで交流するだけの人もいるが、新しい故郷であるアメリカ社会に溶け込む努力をしている人も少なくない。

 このような中国系アメリカ移民一世ではなく、チャイナタウンに住む華僑でもない中国人を私が初めて見かけたのは、2004年に家族旅行をしたフランスでのことだった。

 ベルサイユ宮殿内の見学は一方通行の順路で、順番を待つ人の長蛇の列がある。それなのに、逆戻りして多くの人に迷惑をかけている団体がいた。フランス人が眉をひそめて「ウララ!」と睨んでいるのは、どうやら中国からの観光客のようだ。駐車場には中国語がついた大型バスも並んでいた。

 それを見て、私は1984年に一人で歩き回ったパリのことを思い出した。オフシーズンのノートルダム寺院で、ヴィクトル・ユーゴーの小説を想像しながらゆっくり寛いでいたところ、ガヤガヤうるさい団体がなだれ込んできた。それまで静かに見学していたフランス人たちは、「ウララ!」と憤慨したように寺院を出ていってしまった。彼らが「ジャポネよ」と呆れたように囁き交わしたのは、日本人の団体観光客だった。

 第二次世界大戦後の高度成長期を終え、バブル景気を迎えようとしていた時期の日本では、庶民でも簡単に外国旅行ができるようになっていた。それと同じように、中国の庶民も外国旅行ができるようになったということなのだ。中国の変化を、このとき実感した。

 それから13年の間に、中国はさらに変わった。

 以前は日本で留学生招致の説明会を行っていた某アイビーリーグ大学は、あまり留学生が来ない日本での説明会をやめ、中国で2カ所行うようになった。

 中国からの留学生が増えただけではない。彼らは驚くほどリッチになった。

 娘のボーイフレンドの大学時代のルームメイトは、寮のベッドに何万円もするサテンのシーツを使い、週末にはニューヨークまで行って何十万円もの買い物をしたという。「何百ドルもする名前も知らないような保湿ローションを10本くらい一度に買い込むんだよ!そんなアメリカ人の男子学生には会ったことがない」とよく話題になっていた。

 むろん留学生全員がそうではないが、リッチな中国人留学生の驚くような逸話はあちこちから聞こえてくる。どうやら、最近お金ができた親たちが、ひとりっ子にすべてを費やしているようなのだ。

 1980年代後半に住んでいた表参道にある三宅一生のショップを、昨年久々に訪れたところ、表参道全体が賑わっていて驚いた。話を聞くと、「中国からのお客様なんです」と言う。そこで知ったのが中国人観光客による「爆買い」という現象だった。これも、1980年代のパリでの日本人観光客を連想させる。

コメント7件コメント/レビュー

ヒルビリーと農民工を対比しているのが新鮮だ。経済の発展段階ではみんなが「夢」を持って前向きに頑張る。そして分厚い中流階級ないしは中間層を形成し社会を安定させる。しかし,経済がしぼみ始めると,真っ先の彼らの「夢」はしぼんでいく。それに伴って中流階級もしぼんでいき社会が不安定化する。それをのぼり坂の農民工と下り坂のヒルビリーで対比して見せてくれた。目を世界に移すと過去500年あまりで資本主義や産業革命が生産性を大きく高めて,経済の規模を成長させてきた。最近は「成長の限界」などといわれて「搾取する周辺・辺境」を求める資本主義の牙は地理的辺境から情報的・ネット空間的辺境へ搾取の対象を移して,われわれ先進国といわれるかつての中心にも「辺境」を作りだし,そこへ「無知なるもの?」を追い込んで成長の糧にしようとしている。ヒルビリーは他人の姿ではない。もちろん一方で世界は等しく豊かになろうともしている。この構造がいったいどのように我々の未来にのしかかってくるのか。(2017/11/22 14:06)

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ヒルビリーと農民工を対比しているのが新鮮だ。経済の発展段階ではみんなが「夢」を持って前向きに頑張る。そして分厚い中流階級ないしは中間層を形成し社会を安定させる。しかし,経済がしぼみ始めると,真っ先の彼らの「夢」はしぼんでいく。それに伴って中流階級もしぼんでいき社会が不安定化する。それをのぼり坂の農民工と下り坂のヒルビリーで対比して見せてくれた。目を世界に移すと過去500年あまりで資本主義や産業革命が生産性を大きく高めて,経済の規模を成長させてきた。最近は「成長の限界」などといわれて「搾取する周辺・辺境」を求める資本主義の牙は地理的辺境から情報的・ネット空間的辺境へ搾取の対象を移して,われわれ先進国といわれるかつての中心にも「辺境」を作りだし,そこへ「無知なるもの?」を追い込んで成長の糧にしようとしている。ヒルビリーは他人の姿ではない。もちろん一方で世界は等しく豊かになろうともしている。この構造がいったいどのように我々の未来にのしかかってくるのか。(2017/11/22 14:06)

今一歩踏み込んで、農民工の子供世代の新都市貧民(蟻族や鼠族とも言われる)も取り上げると、中国政府の少しの失策でも、ロシア革命前夜のごとき労働者・農民を敵に廻した特権階級(ロシアでは白い貴族でしたが今回は赤い貴族)の末路を辿る事が容易に想像できます。間もなく動乱の時期が来ることは誰の目にも明らかでしょう。当時の日本政府がどのように考え、行動したかも歴史を辿れば明らかですが、今度はシベリア出兵のごとき愚策は用いないで欲しいと切に願っています。(2017/11/21 08:33)

日本や米国などの中産階級崩壊問題と独裁国家・中国の特権層が意図的に創作した身分制度により産まれた農民工を同一視すべきではない。民主主義国家は自浄作用が働き得るが、共産党独裁国家ではそれがない。特権層はとことん搾取し続けるつもりなのだろうか?そうならば、中国の歴史が再び繰り返されることになると思う。それは下からの革命による中華人民共和国滅亡だ。それが今から100年後になるのかもしれないが単なる時間の問題でしかないのでは?(2017/11/20 20:58)

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