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ラグジュアリーなキャンプギアの開発と経営危機

スノーピーク、登山家の父から受け継いだ二代目社長(山井太さん 第1回)

2018年1月29日(月)

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 新潟県燕三条を拠点に、アウトドアを軸としたライフスタイル提案をしているスノーピークの代表取締役社長を務める山井太さんとは、同郷ということもあって、長いご縁を得てきた。本社社屋の建築物の斬新さ、展開されているアウトドア用品やアパレルのかっこよさに加え、ここ数年は、ラグジュアリーな「グランピング」や、建築家の隈研吾さんと作った「モバイルハウス“住箱”」が脚光を浴びている。

 山井さんは、大柄で豪放磊落、圧倒的なワンマン経営者に見えて、実はそうでもない――自分の志や夢を語り始めると止まらなくなる。が、話の端々に、気後れやはにかみが見え隠れしている。雪国で生まれ育った性分からか、一度決めたら、辛抱強く思いを遂げようと努めるが、少しだけ引っ込み思案――新潟県民らしさに共感を覚える。 山井さんの、そしてスノーピークのかっこよさの源はどこにあるのか。新潟という地方でユニークなブランドを作り上げ、世界に向けて発信している理由などなど、改めて話を聞いた。

スノーピーク 代表取締役社長 山井太さん
1959年、新潟県三条市生まれ。明治大学を卒業後、外資系商社に勤務。86年、父が創業したヤマコウ(現スノーピーク)に入社する。アウトドア用品の開発に携わり、新規事業としてキャンプ用品を開発し、現在のオートキャンプシーンを創り上げる。96年に社長に就任し、社名を「スノーピーク」に変更。自身が毎年30~60泊をキャンプで過ごすというアウトドア愛好家として知られる。(写真=鈴木愛子、以下同)

川島:山井さんは、まるで創業者のように頑強な志の持ち主ですが、実は二代目。家業を継がれたのですよね。

山井:そうです。スノーピークは1958年、登山家だった父が、金物問屋として創業したのです。その後、父は「本当に欲しいものを自分でつくる」という思いのもと、新潟県燕三条に根づいてきた高度な技術を活かしながら、仮説と検証を繰り返し、使いやすくてクオリティの高い登山用品を作って売っていたのです。その後、釣り用品も手がけるようになり、割合と手広くやっていました。

川島:スノーピークのルーツは登山用品だったのですね。それで山井さん、創業社長の長男として生まれ、小さい頃から、いつかは継ぐと思っていたのですか?

山井:何となく、そういうことになっていました(笑)

 大学卒業時に父からは何も言われなかったので、外資系商社のリーベルマンウェルシュリーに就職したのです。欧米のラグジュアリーブランドを日本市場で展開する仕事は、すごく楽しかったです。

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「ラグジュアリーなキャンプギアの開発と経営危機」の著者

川島 蓉子

川島 蓉子(かわしま・ようこ)

ifs未来研究所

ファッションという視点から、さまざまな分野の企業のブランド作りなどのプロジェクトにかかわる。日経MJ、ブレーン、読売新聞などで連載を持つ。2013年から現職。多摩美術大学非常勤講師。Gマーク審査委員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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齋木 昭隆 三菱商事取締役・元外務次官