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仕事は選ばず全力で、結果が次の呼び水になる

  • 日経デザイン編集部

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2017年2月16日(木)

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トラフ建築設計事務所 共同主宰
鈴野浩一氏(写真左)は1973年神奈川県生まれ。96年東京理科大学工学部建築学科卒業、98年に横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了後、シーラカンス K&Hに勤務。2001年に同社を退社し、2002年にメルボルンのKerstin Thompson Architectsへ。翌年退社し、 2004年にトラフ建築設計事務所の共同主宰に。禿(かむろ)真哉氏(写真右)は74年島根県生まれ。 97年、明治大学理工学部建築学科卒業、99年同大学大学院修士課程修了。2000年に青木淳建築計画事務所へ。2003年に同社を退社し、2004年にトラフ建築設計事務所共同主宰に。写真:西田香織。

 トラフ建築設計事務所は、鈴野浩一氏と禿(かむろ)真哉氏によって2004年に設立された。建築の設計はもちろん、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、空間インスタレーションなど活動は多岐に渡り、2016月10月には東京・南青山のTOTOギャラリー・間で、個展「トラフ展 インサイド・アウト」を開催した。

 華々しい活躍を続ける2人だが、「自分たちが好きでやっていることなので、独立当時、苦労らしい苦労を感じたことはない」と同様に話す。

 どちらも、大学卒業後は数年ほど建築設計事務所に勤務し、その後、独立を決めている。「私たちが独立した頃は、建築事務所は4年くらいで出るという風潮があった。同期の友人にも独立願望が大きい人が多かったので、独立は自然な流れだった」(禿氏)。

 独立時の自己資金については、鈴野氏も禿氏も「アトリエ事務所に勤めていた頃は、仕事をしながら独立資金を貯められるほどの余裕はなかった」と言う。しかし、独立資金の多寡は問題にはならなかった。2003年に青木淳建築計画事務所を退職した禿氏は、「建築家は、場所と数冊のカタログ、そしてパソコンさえあれば仕事はできる」と、数人の仲間と一緒に東京・代々木上原の一軒家をシェアし、職場として使用していた。

最初の仕事が呼び水に

 一方の鈴野氏は、2001年にシーラカンス K&Hを退職後、友人のつてをたどり、オーストラリア・メルボルンの設計事務所「Kerstin Thompson Architects」に約1年間勤務した。「帰国後は建築の仕事がなかったので、大学の非常勤講師として働いていた。その頃、大学時代の後輩から目黒区のホテル『CLASKA(クラスカ)』の客室リノベーションの依頼が来た」(鈴野氏)。人手を探したところ、代々木上原で独立した禿氏の存在が頭に浮かんだ。2人は意気投合し、1度きりのユニットのつもりでプロジェクトを進めていった。

 「クラスカのプロジェクトのフィーはかなり少なかった。けれども、2人で協力してプロジェクトを進めるうちに、どんどん楽しくなっていった。途中からは非常勤講師の仕事も辞め、無我夢中でプロジェクトに専念した」(鈴野氏)。

 3カ月ほどの期間を経て、2人が手掛けた3部屋の客室は、「テンプレート イン クラスカ」としてデビューした。その成功体験が、トラフ建築設計事務所を共同主宰するきっかけになったと言う。

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