• ビジネス
  • xTECH
  • クロストレンド
  • 医療
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

元東電役員、ひとりで始めた復興

子供たちに福島を救うパッションを

2018年3月2日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

巨大地震が故郷・南相馬市を襲う。東京電力の元執行役員だった半谷栄寿氏は、故郷に戻り、福島の復興を担う人材の育成を続けてきた。7年という時間が、人材の厚みと世代間のつながりを生み出し始めた。その軌跡を聞いた。(日経ビジネス2018年3月5日号「3・11 7年が生んだ未来」も併せてご覧下さい)

半谷さんの事業の根底には、東電時代の経験があると聞きます。

半谷栄寿(はんがい・えいじゅ)氏
あすびと福島代表理事。1953年福島県南相馬市生まれ。78年東京大学法学部卒、東京電力入社。環境NPOやJヴィレッジの設立に関わり、東京電力の執行役員を経て、2010年に尾瀬林業代表取締役常務に就任。2011年、震災をうけて6月に帰郷。13年に南相馬ソーラー・アグリパークを完成させ、人材育成をスタートさせる(写真:野口勝宏)

半谷栄寿氏(以下、半谷):小高町の町長だった祖父に、福島第1原子力発電所の建設現場に連れて行ってもらいました。それが、私の原体験なんです。高校、大学を卒業して、東京電力に入る原点になりました。

 東電時代、Jヴィレッジにアイデア段階から携わったり、電力自由化とともに自家発電の事業を立ち上げたりしましたね。そして、東電の計らいで尾瀬林業の代表取締役常務に就いたのが、大震災の前の年でした。

 いろいろな仕事をさせてもらいました。入社13年目で環境NPOを起こし、古紙のリサイクルのネットワークを作ったこともあります。今でもこの活動は続いています。私の原点は東電でのビジネスにもあるんですけれども、このソーシャルな活動も原点だと思っています。

モノから「ヒトの復興」へ

 東電の執行役員を退任した2010年の秋に父が他界して、「福島に戻ろう」という思いが強まりました。その時は、福島で間伐を進める活動をやろうと思っていました。尾瀬林業に了解を得て、11年1月には当時の東電トップにも話を通しました。だから、尾瀬林業の役員を辞任することは(震災前に)決まっていたんです。

 ですから、3月11日の大震災と原発事故がなければ、人生がまったく変わっていたでしょう。一方で、軽々しく申し上げてはいけないことですが、私個人は一役員として、原発事故に責任があると思っています。

 やっぱり、一種の思考停止状態でした。何が思考停止かというと、我々は原発って何重にも安全装置があって、必ず冷却ができる、必ず安全に停止できるということを信じていたんです。電源が維持されることは大前提で、「全電源喪失」ということはまったく思考の範囲から外れていました。これが非常に悔しい。本当に申し訳ないと思っています。やっぱり一役員として、思考停止していたことが本当に恥ずかしい。

原発に近い南相馬市の出身ですね。

半谷:私は合併前の小高町、今の南相馬市小高区の出身なので、どうしても復興に役立ちたい、と。7年前の3月11日、私は日暮里(東京)の尾瀬林業のオフィスにいましたが、翌日に水素爆発が起きて、「これは20年、30年、40年という単位で廃炉まで(時間が)かかる」と感じました。そんな長い復興をどう支えるのか、東電元役員の端くれとしての責任もあるし、地元の復興を考えると、長い時間、向き合っていかなければと強く思いました。

すぐに人材育成を考えたわけではなかった?

半谷:まず何かしなければと、生活物資を届けることから始めました。3月19日、最初に南相馬に生活物資を運び、5月半ばまで毎週、届けていました。すると、地元紙の取材を受けましたが、どうしても「元東電役員」という見方をされましたね。これは私の宿命だと思っていますが。その一方で、生活物資を届けることで、地元の方との信頼関係が少しずつできたんです。そこで、菓子を売っている栄泉堂の奥さんから、「子供たちのために何かを」と託されたことが、人材育成事業を始める原点になりました。

 というのは5月になると、スーパーなどの物流が復活していましたから、物の支援が終わる時期でした。そこで、子供たちの成長のための仕組みを作ろうと思ったわけです。復興には長い時間がかかるから、人材の育成が一番大切だと思いました。

コメント1件コメント/レビュー

誤解じゃないですよ。水俣もアスベストも同じ道を辿っています。(2018/03/02 18:33)

オススメ情報

「3・11 7年が生んだ未来」のバックナンバー

一覧

「元東電役員、ひとりで始めた復興」の著者

金田 信一郎

金田 信一郎(かねだ・しんいちろう)

日経ビジネス編集委員

日経ビジネス記者、ニューヨーク特派員、日経ビジネス副編集長、日本経済新聞編集委員を経て、2017年より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

誤解じゃないですよ。水俣もアスベストも同じ道を辿っています。(2018/03/02 18:33)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

トレンドの移り変わりが早い日本での経験は、海外にも応用できる。

桝村 聡 高砂香料工業社長