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「兄貴、ぜんぶ自分で抱え込んじゃダメだ!」

「無関心」と「自立」でハマる介護の泥沼

2017年4月13日(木)

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(前回→「母に認知症新薬の臨床試験の誘い、そして幻覚」)

 2015年4月、じわじわと母のアルツハイマー病の症状は悪化し、自分は過大なストレスで幻覚まで起こす状態だったにも関わらず、私は公的介護保険制度を利用することをまったく考えていなかった。

 まったくうかつというほかないが、私は介護保険の分野に老人に対する「公的な」支援制度が存在することを全く意識していなかった。

 この原稿を書くに当たって、メールの過去ログを検索したところ、2014年11月の時点で、妹が介護認定を取得する必要性について言及していた。ところが私は、「自分で母を支えるしかない」と、かたくなに思い込んでいた。正確には公的介護制度の存在は意識していたが、母と自分が利用可能な制度であるとは、これっぽっちも思っていなかったのだ。

 「そんな馬鹿な」「こんな人が書く原稿を信じていいのか」と言われそうなので、すこし背景を説明させていただく。

 私の老人介護に関する知識は、1991年に母の父、つまり祖父を見送ったところで止まっていた。

 祖父は19世紀末の1896年生まれで、1991年に95歳でこの世を去った。その5年程前からは、今にして思えば認知症の症状が出て、介護を引き受けた母はひとかたならぬ苦労を強いられていた。それを横で見ていた記憶があったので、「自分も、母になにかあれば同様に介護するものだ」と思い込んでいたのだ。

 元海軍軍人、それも兵学校出身の士官だった祖父にはかなりの年金がついていた。年金を使ってまずは娘の家の近所の有料老人ホームで暮らし、自分で身の回りの始末ができなくなると介護のお手伝いさんを雇い、それでも介護が難しくなると養護老人ホームに移った。祖父の命は最終的に、身動きがとれなくなった老人を専門に引き受けていた病院で尽きた。1991年当時は、家庭ではどうにも世話が不可能になった老人の最後は病院が引き受けていた。

 親の介護は、いわば「自己責任」でするもの。その印象が強烈だったために、私は老人人口の増加によって公的制度が大きく変化していることに全く意識が向かなかった。それにしたって介護保険が始まったのは今から18年も昔の2000年。まったく無知極まれりだが、そもそもは老人の介護に関して無関心だったのが悪かったのだろう。まさしく、敗戦の第一の要因である。

「大人は、親の面倒を見て一人前」か?

 言い訳をもうひとつするなら、ストレスのかかり方のせいでもある。

 介護のストレスは徐々に増加していく。「これぐらいなら大丈夫」「まだまだ大丈夫」と思っているうちに、ストレスはじわじわと増して、気が付くと、冷静に周囲の状況を見回し、支援を仰ぐことを考えることすら、不可能な精神状態に追い詰められていくのだ。

 自己責任の意識、老人介護への無関心からくる思い込み、そして真綿で首を絞めるようなストレスが視野を狭める。使える介護制度を見逃して、私と似たような状況に落ち込む可能性がある方が、少なからずおられるのではなかろうか。

本連載、ついに単行本化。
タイトルは『母さん、ごめん』です。

 この連載「介護生活敗戦記」が『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』として単行本になりました。

 老いていく親を気遣いつつ、日々の生活に取り紛れてしまい、それでもどこかで心配している方は、いわゆる介護のハウツー本を読む気にはなりにくいし、読んでもどこかリアリティがなくて、なかなか頭に入らないと思います。

 ノンフィクションの手法でペーソスを交えて書かれたこの本は、ビジネスパーソンが「いざ介護」となったときにどう体制を構築するかを学ぶための、読みやすさと実用性を併せ持っています。

 そして、まとめて最後まで読むと、この本が連載から大きく改題された理由もお分かりいただけるのではないでしょうか。単なる介護のハウツーを語った本ではない、という実感があったからこそ、ややセンチな題となりました。

 どうぞお手にとって改めてご覧下さい。夕暮れの鉄橋を渡る電車が目印です。よろしくお願い申し上げます。(担当編集Y)

コメント13件コメント/レビュー

毎回とても楽しみにしてるコラムです。
ご自身のお仕事に加えて、お母様の介護を良くぞされたと頭が下がる思いです。

私は筆者と同じ歳、夫も私の両親(70後半代から80代)も車で30-40分のところに住んでおり健在ですが、近い将来自分の身の上にも起こるであろうことと思いながら読んでいます。

私はフルタイムで仕事をしており、もし介護が必要になったらどう対処するのか全く予想ができません。
実母はどちらか一方が亡くなったり、介護が必要になったら、子供たちに面倒をかけたくないので施設に入れてほしいと言っていくつかの施設を今のうちに見に行っているようですが、気に入った施設はないらしく、一方で私の友人の祖母が施設に入ったことを伝えると<施設にいれられちゃったの>といった本心とも取れることをいいます。
双方の母が先に逝くことのないようにと願うばかりです。(どちらの父もひとり残された場合にはとても一人で暮らせないと思いますので)

認知症になるかどうか、介護が必要になるかどうかまったくわかりませんが、そうなる可能性があることを見据えて、自分だったらどうするのかを考えながらこの記事を読んでいます。(2017/04/17 17:38)

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「「兄貴、ぜんぶ自分で抱え込んじゃダメだ!」」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

毎回とても楽しみにしてるコラムです。
ご自身のお仕事に加えて、お母様の介護を良くぞされたと頭が下がる思いです。

私は筆者と同じ歳、夫も私の両親(70後半代から80代)も車で30-40分のところに住んでおり健在ですが、近い将来自分の身の上にも起こるであろうことと思いながら読んでいます。

私はフルタイムで仕事をしており、もし介護が必要になったらどう対処するのか全く予想ができません。
実母はどちらか一方が亡くなったり、介護が必要になったら、子供たちに面倒をかけたくないので施設に入れてほしいと言っていくつかの施設を今のうちに見に行っているようですが、気に入った施設はないらしく、一方で私の友人の祖母が施設に入ったことを伝えると<施設にいれられちゃったの>といった本心とも取れることをいいます。
双方の母が先に逝くことのないようにと願うばかりです。(どちらの父もひとり残された場合にはとても一人で暮らせないと思いますので)

認知症になるかどうか、介護が必要になるかどうかまったくわかりませんが、そうなる可能性があることを見据えて、自分だったらどうするのかを考えながらこの記事を読んでいます。(2017/04/17 17:38)

実体験に基づいた素晴らしいreportです。
飾らない実情が迫ってくるようです。

高齢化社会には誰もが通る道であり、参考になります。(2017/04/14 09:18)

「介護のストレスは(中略)じわじわと増して、気が付くと、冷静に周囲の状況を見回し、支援を仰ぐことを考えることすら、不可能な精神状態に追い詰められていく」この文章は、家族を介護する人の心理状態を的確に描写していると思います。
家族の介護は365日・24時間。それを一人で担っているうちに、いつの間にか疲弊し、現状を変える力さえ失ってしまう。
そのような時に重要なのは、弟さんのように具体的な行動をしてくれる人です。詳しくは書いてありませんが、弟さんがしてくれた事は筆者の方の苦労に比べれば、それ程大した事ではないはず。でも、その「ちょっとした事」ができなくなってるんですよね、「ぜんぶ自分で抱え込んじゃ」っていると。タイトルは、登場人物と状況を一言で言い切っており非常に秀逸です。
それと、介護保険や「他人の世話になる」事に対する抵抗感は、「介護される側」にも強くあるような気がします。「不正受給」云々は関係なく、自尊心を傷つけられるのかもしれません。(2017/04/13 18:13)

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末吉 竹二郎 国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)特別顧問