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普通の人が親を殺す「介護殺人」の悲劇

NHK大阪放送局報道部チーフ・プロデューサー 横井秀信氏

2017年12月21日(木)

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 「気が付くと私は、母の頬を平手打ちしていた。」

 本連載の「果てなき介護に疲れ、ついに母に手をあげた日 ~母の“意外な”反応と、介護者側の暴力への対応策」で、著者の松浦晋也さんが自らの行いを冷静に描いたこの場面には、読者の皆様からも大きな反響と「もし自分だったら」という、多くの自省のコメントをいただいた。

 家族が介護をするストレスは、これまでも語られてきた。しかし「介護ということそのものに目を向けたくない」という、我々の心理が、そこに正対することを妨げてきたように思える。

 今回、松浦さんと対談していただくのは、日本放送協会(NHK)大阪放送局報道部(報道番組)の横井秀信チーフ・プロデューサー。横井さんは、2016年放映の「“介護殺人”当事者たちの告白」の制作を指揮したひとり。「どこにでもいる普通の人が、介護疲れの果てに、 家族の命を奪ってしまう悲劇」が相次いでいることを、広く番組を通じて訴え、その内容が単行本になった(『「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白』)。

 当たり前の話だが、親のいない人間はこの世にいない。

 親が存命である限り、我々の誰にでも、松浦さんや、あるいはこの番組に登場した人々の立場に置かれる可能性があるのだ。私は、あなたは、踏みとどまることができるだろうか。

(構成:編集Y)

自分も紙一重だった、と思いました

松浦:『「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白』、読ませてもらいました。とても重要なことが書いてあると思います。僕の場合は、自分自身の母親の介護体験があって、その後に読んでいるので、『ああ、そうか』と思うところが沢山ありました。いやもう、本当に実感として自分も紙一重だったな、と。

 たぶん僕もあのまま自宅で介護をしていたら、ひょっとしたら…可能性がありました。それを踏み越えてしまった人の話をこういう形で読むことになるとは。大変な労作ですね。

横井:ありがとうございます。

松浦:一線を踏み越えるかどうか、本当にちょっとの差なんですよね。越えてしまった人は、別にエキセントリックでも異常な人でも何でもない。そのことが、本当に染みたというか、腑に落ちたというか。「やっぱりそうなのか」です。

横井:取材させていただいた当事者の方も、本当に普通といいますか、かつて会社員として第一線でバリバリ働いていた方であったり、あるいはそういう方を支える専業主婦の方だったり、どこにでもいらっしゃるような方だったんですね。それは、今回取材させていただいた中で共通しています。

 そして、皆さんすごく熱心に介護をされる方だったんですね。これも、完全に共通していたと思います。

松浦:そうなんです。ちゃらんぽらんな人だったら介護から逃げるんですよね。責任感の強い人ほど真正面から受け止めて、熱心に介護して、そして受け止め切れなくなってしまう。

横井:松浦さんの『母さん、ごめん。』を読ませていただいて、本当に松浦さんとお母様との関係の親密さに涙がにじんでくるんですけど、お母様を平手打ちした日の夜に、妹さんから「LINE」が入って、そこで松浦さんが「やってしまった」と打ち明けるエピソードがあったじゃないですか。

コメント13件コメント/レビュー

著作を拝読しておりませんので誤認があったら済みません。

刑事事件の判決への軽重印象は確かにあります。しかし裁判官の理解度や人生観のくだりはやや一方的な指摘のように感じました。殺人ですから、当然弁護士が関与しているはずで、どの程度「本気で」減刑対策の論陣を張ったのか、ということです。検察官は粛々と立証を進めていると思いますし、えん罪の討論をしているわけではないはずですから、弁護士の(法廷内外に及ぶ)努力と工夫で刑の軽重に差が出ることもあろうかと思います。その部分にスポットが当てられないままに裁判官の心証に話が及んでいるとしたら、やや一方的な指摘ではないかということです。遺された人間の罪は消えませんが、罰だけでも軽減してあげられたらと思います。刑事事件への支援も「金」次第ではあるのでしょうけれども、意外にバカにできないことではないでしょうか。(2017/12/21 19:16)

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「普通の人が親を殺す「介護殺人」の悲劇」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

著作を拝読しておりませんので誤認があったら済みません。

刑事事件の判決への軽重印象は確かにあります。しかし裁判官の理解度や人生観のくだりはやや一方的な指摘のように感じました。殺人ですから、当然弁護士が関与しているはずで、どの程度「本気で」減刑対策の論陣を張ったのか、ということです。検察官は粛々と立証を進めていると思いますし、えん罪の討論をしているわけではないはずですから、弁護士の(法廷内外に及ぶ)努力と工夫で刑の軽重に差が出ることもあろうかと思います。その部分にスポットが当てられないままに裁判官の心証に話が及んでいるとしたら、やや一方的な指摘ではないかということです。遺された人間の罪は消えませんが、罰だけでも軽減してあげられたらと思います。刑事事件への支援も「金」次第ではあるのでしょうけれども、意外にバカにできないことではないでしょうか。(2017/12/21 19:16)

>(2017/12/21 10:50)
> 介護に正解があるとすれば、自分が高齢者になった時、して欲しいことだけを、
> 自己責任で、することだと思います。
> もっと言えば、自分にできない介護を他人に望み、不都合をすべて他人のせいに
> する人達こそが、『諸悪の根源』だと思います。

健常な時に自分自身が認知症患者になったときの状況や感情をリアルに想像できる人って、果たしてどれくらいいるのですかね?
実父と義母が介護を受けていますがそんな私にもかなり難しそうです。

「介護敗戦記」の一連の記事を読まれていないか、「べき論」に拘る方のコメントの様に感じてしまいました。(2017/12/21 17:10)

自分も妻も仕事を辞めるわけには行かない。
金で解決できるならそれを払ってサービスを受けるより
他に方法はない。
お金が払えないなら…現状だと放置せざるを得ないですね…
仕事を辞めて介護に専念してもその生活は持続出来ないから
家族共々餓死しか先に無いですからね…
冷酷な事を書いている自覚はありますが老人に全労力を傾けても未来がないと考えてます。持続できる限りの事をして、それ以上はそこが寿命ではないでしょうか。つまり自分で食料を調達できず食事もできないなら、生き物としてはそこが終着点だと思います。どこまで介護にお金と自分の時間(それもいわばお金)をかけられるか…取り敢えず今できる事は頑張って稼ぎを増やすことだけです…(2017/12/21 15:58)

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