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「介護殺人」の本と番組に寄せられた意外な反応

NHK大阪放送局報道部チーフ・プロデューサー 横井秀信氏(承前)

2017年12月22日(金)

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(前編から読む

 熱心に家族の介護をしていた人が、ストレスに耐えかねて自分の連れ合いや、親を殺してしまう“介護殺人”。それは確率の問題で誰にでも起こりうること――。だが、裁判所からメディア、そして会社や周囲の人々も含め、理解はいっこうに広がっていかない。

 前編に続き、2016年放映の「“介護殺人”当事者たちの告白」の制作を指揮し、これを再編集した書籍『「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白』に携わった、日本放送協会(NHK)大阪放送局報道部(報道番組)の横井秀信チーフ・プロデューサーと、松浦晋也氏の対談をお送りする。

(構成:編集Y)

横井:「こんな状況を放置すべきではない。だから何とかしましょう」となるべきなんですが、実は全然なっていない。会社でもそうですし、今の介護保険制度もそうだと思うんです。何かこう、何とか継ぎはぎしているような感じになっているというか。

松浦:それは、「介護」ということに向き合うのを社会の大半が忌避しているから、ですよね。自分の問題としてあんまり考えたくない。じゃあ自分はどうだったんだ、と、介護がいざ始まる前の自分の心理状態を振り返ると、やっぱり考えたくない。それどころか、母親が認知症だなんて認めたくない、回復してほしい、なんですよね。そう思えば思うほど、敗け戦に近づいていくわけですが(「『事実を認めない』から始まった私の介護敗戦」)。

横井:私は、父はもう亡くなって、母親がこの間75歳になったばっかりなんです。なので、松浦さんの本はすごく読んでよかったなと思います。この本は、お母様の認知症に気付かれたところから順を追って、どういうふうにお母様が変わられ、それによってご自身の精神状況とかお仕事がどう影響を受け、ストレスを溜めていったかということが克明に書かれている。

 こういう言い方は本当に失礼かもしれませんけれども、松浦さんの置かれた状況に自分も入っていって、「こうなったら、自分はどうするだろうか」ということを、その局面、局面で我が身に置き換えて拝読することができまして。母親とか父親の介護や認知症を心配する世代にとってはすごく響く本だなと。私、この本を兄弟にも薦めようかなと思っているんです。

松浦:今気が付いたのですが、ひょっとしたら僕は、USJにあった「バック・トゥー・ザ・フューチャー・ライド」みたいな本を書いたんだろうか。

 ハハハ。介護ライド。それは恐ろしい。

横井:いや、でもそれは本当に思いました。最初に置かれた状況、母親の病気を認められない、というところから始まって、追体験、まさにライドものみたいな感じです。私も本当に、申し訳ないんですけどやっぱりお母様にこう、手を上げられたときとか、41年住んでいた家からお母様が去っていくとき、やっぱりあれは本当にもう、ぐっと刺さるものがあって、「やっぱり自分も、そういう時を迎えるんだろうな」と。母親がついこの間誕生日だったんですけど、私が何の電話もメールもしなかったら苦情が来ていたので、ああ、こんなことじゃいかんなと反省もしながら読んでおりました。

「あるある」だらけの本でした

松浦:こちらの本(『「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白』)も、申し上げたとおり、僕が読むと「ああ、これはある、これもあるな」という。

横井:ああ、もしかすると私たちの本は、介護の当事者の方は読み進めるのがつらいかもしれないですね。

新潮社担当編集O氏:実は、出版後に電話での反響が結構ありまして。

 電話ですか。

O氏:嬉しいことに、「事件物かと思って読んだんだけど、介護で追い詰められてこうなったんだ、ということが分かった、すごく感動した」というご感想がほとんどなんですね。

 これは、殺人の本なんです。確かにもう、この世で最大級の犯罪の本なんですけれども、我々はそうは捉えていなくて、「そこにどうして行ってしまったのか」を問いかけるのがテーマで、読者の方は、それをちゃんと受け止めて下さっているんだなと。

コメント8件コメント/レビュー

戦後の少子高齢化と中央集中化で社会が大変容したのに「親を面倒みなけれ親孝行でない」という概念だけがゾンビのように残っている。介護をインフラとしてシステム化、自動化しない限り、認知機能の衰えた人を介抱する力はもはや個人にはない。介護とは福祉インフラであり、年金をそのまま介護労働者や企業の収入に回して経済の中に組み込み、日本人が介護労働で給与を得、安易に外国人労働者に頼るべきではない。もっと介護施設をイメージアップするために、合理化についてポジティブに扱うメディアがあれば、個人個人で賛否はあるにしろ概念は変わっていくはず。

一方、私の親は市の職員の強い教唆により軽費老人ホームへ入居させられた。まだ軽度だったにも関わらず、家で看ることは辛くなるからと。それは驚きだったが、資本主義的合理性がそこにはあるのだろう。

物事の尺度は時代によって変わる。大事なのは、人が人として生き抜くことであり、認知症患者が生きられる範囲というのは、健常者のパフォーマンスを完全に奪うほど広くはない。一人一人が社会に貢献、還元する責務があり、それができなくなった場合にどのような終わり方をすべきなのか、老齢化する前に双方が計画して、気持ちの準備もしておくべきと思う。予算の問題ではない。予め考えてなかったことによるつまづきが、人生を狂わせるのではと思う。こんなに多くの老人が生きる社会を世界は誰も経験したことがないのだ。(2018/06/26 19:19)

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「「介護殺人」の本と番組に寄せられた意外な反応」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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いただいたコメント

戦後の少子高齢化と中央集中化で社会が大変容したのに「親を面倒みなけれ親孝行でない」という概念だけがゾンビのように残っている。介護をインフラとしてシステム化、自動化しない限り、認知機能の衰えた人を介抱する力はもはや個人にはない。介護とは福祉インフラであり、年金をそのまま介護労働者や企業の収入に回して経済の中に組み込み、日本人が介護労働で給与を得、安易に外国人労働者に頼るべきではない。もっと介護施設をイメージアップするために、合理化についてポジティブに扱うメディアがあれば、個人個人で賛否はあるにしろ概念は変わっていくはず。

一方、私の親は市の職員の強い教唆により軽費老人ホームへ入居させられた。まだ軽度だったにも関わらず、家で看ることは辛くなるからと。それは驚きだったが、資本主義的合理性がそこにはあるのだろう。

物事の尺度は時代によって変わる。大事なのは、人が人として生き抜くことであり、認知症患者が生きられる範囲というのは、健常者のパフォーマンスを完全に奪うほど広くはない。一人一人が社会に貢献、還元する責務があり、それができなくなった場合にどのような終わり方をすべきなのか、老齢化する前に双方が計画して、気持ちの準備もしておくべきと思う。予算の問題ではない。予め考えてなかったことによるつまづきが、人生を狂わせるのではと思う。こんなに多くの老人が生きる社会を世界は誰も経験したことがないのだ。(2018/06/26 19:19)

確かに介護の話はみんな引いていきますね。 こういうものかとちょっとビックリしました。
私は一人っ子で独身、昨年母が入院を経て老健に入っていますが、普通に世間話(愚痴?!)として、母がこんなへんなこと言った、へんなことしたと話しても、「で、どう対応したの?」とか話は盛り上がらず、「大変だね」といわれて終了。 孤独を感じます。 私の友達もみんな私と同じ年くらいで、親も私と同じくらいなんだから、そうなったときはどうしたか、少しは参考になると思うのですが、突っ込んで聞いてくる人はいません。
また、何度か母の面会に来てくれたいとこも「孫の面倒と仕事で忙しく、疲れている」とかでご無沙汰、2回ほど面会に来てくれた母の友達も「腰を悪くした」と言い始めてこの数ヶ月はご無沙汰しており、やはりかかわりたくないんだな、後回しにされているな、と避けられてるように感じます。 
こんなふうに理解を得られず、避けられるような「介護状態」という現実は誰も幸せではない・・・なのになぜあの人(母)は生きているんだろう?と思ってしまいます。
母は自分の身の回りのことは何もできないくせにわけのわからないこと(老健にはコンビニもレストランもないのに行くと言い張る 等)を言ったり、文句ばかり言うので、本当は私ももう面会に行きたくないし、会話するだけで生気を吸い取られたかのごとく、ものすごく疲れてしまいます。 これがいつまで続くのかわからないので、新年を迎えるのも憂鬱でした・・・
でも、自宅で介護していないだけ、これでもじゅうぶん恵まれていると思います。
自宅で一緒に過ごすのは、肉体的にも精神的にもものすごく負担だと思います。
なのになぜ自宅介護を勧めるのでしょう?
どうしても自分が介護したい、見取りたいという強い気持ちのある身内でもない限りは、不可能に近いと思います。
予算をとって政策を改めるべきです。(2018/01/04 17:59)

社会全体で実施した方がコストも安く、現実的であると言う視点にはとても同感です。
ただ、そこを国民へ広く伝えて認識させるべきはジャーナリストの役目かと思います。
そう言う意味では、この連載は日経新聞らしからぬ社会性のある良い記事だと思います。

ただ、現状だと政治家は票に繋がらない為に主張する事は無いでしょう。これは悪い意味ではありません。民主主義では仕方の無い事です。
逆に言うと、国家予算も理解せずに消費税増税に大反対する一般マスコミと世論も同罪です。後、軽減税率適用をさせようとする新聞社も。
新聞に軽減税率適用されるくらいなら命にかかわるインフラ系が先ですし、そもそも新聞社の平均給与に改善意欲が見れません。給与は削減したくないけど、消費税からは除外してとか贅沢過ぎます。

話が逸れました。最後に育児と同じようなものとありますが、自身の経験上育児はゴールが見えて徐々に近づく感覚があるので、やはり心労的には全然違いますね。肉体的疲労は同程度ありますが。(2017/12/25 09:58)

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