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津軽イタコに降りた亡き母は、陽気だった

現代に息づくシャーマンたち(後編)

2018年3月13日(火)

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ここでは土着的宗教とも言えるシャーマニズムの世界を覗いてみたい。拙著『「霊魂」を探して』(KADOKAWA)の中で筆者は、青森のイタコや沖縄のユタなど、土着的に活動している祈祷師らを探し出し、実際に、呪術、祈祷してもらいながら対話を重ねた。現代に息づくシャーマンのリアルな姿をルポする。その後編。

前編から読む)

津軽の地蔵信仰

 イタコやオシラサマ信仰など、民間信仰が息づく青森。筆者は南部イタコの故郷、南部を離れて、今度は津軽地方へと足を延ばした。

 津軽半島の付け根に位置する五所川原市の集落を車で回っていると、あちこちに小さな祠を見つけることができる。ガラス戸を開けると、そこには複数のお地蔵さま(地蔵菩薩)がずらりと安置されている。簡素な地蔵堂である。これほどの地蔵堂が点在していることから、この地に地蔵信仰が根付いていることが分かる。

 だが、地蔵信仰は何も津軽だけに限ったものではない。

 日本全国のあちこちで地蔵信仰の後を見ることができる。古い地蔵が路傍に置かれていたり、地域で祀られたりしている。筆者の故郷の京都では毎年8月下旬、地域ごとに地蔵盆という祭りを催す。地蔵は子供を守る仏様でもある。「地蔵盆」は宗教儀式でありながら、地域の結びつきを確かめ合う大切な機能も担っている。

 地蔵信仰は、平安時代に広まったとされる。旅の安全や村の守護などを祈願した土着の神、道祖神信仰とも相まって、村落の入り口や道の辻などに地蔵が置かれた。

 他にも墓地の入り口などに地蔵が六体並んでいるのをよく見かける。これは六道輪廻(仏教では、すべての命は「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」「人道」「天道」の6つの苦や迷いの世界を、ぐるぐると生まれ変わっていくと説く)を6体の地蔵が巡り、それぞれの苦しみを背負ってくれるとの意味がある。

 同じ仏教における崇拝のシンボル、つまり様々な如来像や菩薩像は、仏教寺院に本尊や脇侍として安置されているケースが多い。そうした場合、檀信徒の範囲内での信仰の対象となることが多い。だが、地蔵は地域ぐるみで守られてきた仏様と言える。それだけに、地域によって祀り方の個性がある。

 全国に点在する地蔵は石体に前掛けを着けるなど、素朴な祀り方をしていることが少なくない。だが、津軽地方に点在する地蔵の多くは「化粧」が施されている。白いチョークで顔が塗られ、その上からマジックで眉毛や目、鼻、口などが描かれている。十字架のようなクロス文様が描かれた前掛けを着ているのもあるが、これは「魔除け」を意味しているという。

 この地蔵たちを津軽では「化粧地蔵」と呼んでいる。化粧は年に1度、地域の人によって施される。地蔵堂の中には、最近、供えられたと思われる花や線香、蝋燭、供物が置かれ、床に敷物が敷かれているケースもある。とても大切に祀られている印象を受ける。

クロスの前掛けをつけた津軽の化粧地蔵

 化粧地蔵を調査している青森県の担当者によれば、津軽の集落の地蔵は明治期から昭和の初期にかけてつくられた比較的、新しいものが多いという。津軽の地蔵の特徴は、子供を供養するために祀っている点にある。

 昭和初期の津軽地方は、生活困窮、衛生状態の悪さ、医師不足などが要因となって、全国的にも乳幼児の死亡率が高かった。津軽では古くからの地蔵信仰と、こうした悲しい歴史とが相まって、各地に化粧地蔵が置かれていったのである。

 津軽地方でどれほどの地蔵があるかは不明だが、

 「ひとつの集落で300を超えるお地蔵さまが安置されているところもあります」(県担当者)

 という。

 篤い地蔵信仰で知られる津軽地方だが、その総本山に位置づけられている霊場が五所川原市金木町川倉地区にある。津軽霊場「川倉 賽の河原地蔵尊」である。

 言い伝えによれば、数千年前、この地方の天空から不思議な燈明が降りてきた。その光に照らされた場所を掘ってみると、1体の地蔵が出てきて祀られたという。現在の川倉賽の河原地蔵尊は西暦800年代に恐山を開いた慈覚大師円仁によって開山された。

 この由来の真偽のほどはともかく、賽の河原地蔵尊は「賽の河原(「三途の川」の河原)」の名の通り、この世と思えないような景色をつくり出している。大きな鳥居をくぐると、正面に大きな地蔵堂が見えてくる。地蔵堂の中は2000体を超える地蔵が、本尊を祀る内陣をぐるりと取り囲むように、所狭しと並べられている。

賽の河原地蔵尊に安置された地蔵

 地蔵と一緒に、遺影や衣服、草履や靴、ランドセル、千羽鶴なども一緒に安置されている。まるで、あの世に迷い込んだような気持ちになる。地蔵や供物は、遺族が安置したものだという。

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「津軽イタコに降りた亡き母は、陽気だった」の著者

鵜飼 秀徳

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)

ジャーナリスト、浄土宗僧侶

1974年、京都市生まれ。新聞記者、日経ビジネス記者、日経おとなのOFF副編集長などを歴任後、2018年に独立。「宗教と社会」をテーマに取材を続ける。正覚寺副住職、浄土宗総合研究所嘱託研究員、東京農業大学非常勤講師。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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