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シリコンバレーの“貧困街”が抱く希望

記事と動画で見るイーストパロアルトのリアル

2018年4月12日(木)

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 世界のイノベーションセンター、シリコンバレー。アップルやグーグル、フェイスブックなどキラ星のようなテック企業が本拠を置く世界屈指のハイテクエリアである。今も世界中の頭脳を惹きつけ、破壊的なサービスやイノベーションを生み出し続けている。

 そんなシリコンバレーの一角に、そのイメージにまるでそぐわない地域がある。イーストパロアルト。テスラなどがあるパロアルトと、フェイスブックが本社を置くメンロパークに囲まれた小さな町だ。

 ビリオネアが数多く住む高級住宅地、パロアルトの名前こそついているが、平均所得は周辺の自治体と比べて際立って低い。最近は改善しているが、殺人やレイプ、強盗などの犯罪発生率は全米平均を大きく上回る。実際に足を運ぶと、こぎれいなテック企業の社員に混じってホームレスやドラック中毒者、元犯罪者などが徘徊している。

 あまたのビリオネアを生み出しているシリコンバレーで、ここだけ取り残されたように放置されているのはなぜか。シリコンバレーになることを望み、シリコンバレーに翻弄される町の日常を見ていく。

(敬称略 日経ビジネスニューヨーク支局 篠原匡、長野光)

日経ビジネス_「シリコンバレーのリアル」

「アメリカンドリーム」を夢見て

【午前8時30分 メキシコ料理店】 

 サンフランシスコからサンノゼまで、ベイエリアを斜めに貫くシリコンバレーの大動脈、国道101号線。そのちょうど中間あたり、イケアやホームデポなどが集まるショッピングモールの脇を1kmほど北に進むと、黄色の外観が鮮やかな平屋のレストランが目に入る。Taqueria La Cazuela――。メキシコ人のサンチェス夫妻が切り盛りするメキシコ料理店だ。

 店の周囲には色とりどりの花が植えられており、殺風景な町の雰囲気に鮮やかな色彩を加えている。オープンテラスを吹き抜ける風は爽やかで心地いい。

黄色の外観が鮮やかなTaqueria La Cazuela

 開店から少したった朝8時30分、取材班がこの店を訪れると常連客がひっきりなしに出入りしていた。彼らのお目当てはタコスやブリトーといった軽食類だが、ランチの時間になればスパイシーな魚介類とランチを載せたプレート(定食)もよく出る。

 「一番人気は妻の出身地、ミチョアカン風のエンチラーダ。地元のメキシコ人だけでなく、フェイスブックやアマゾンの社員も来ます」。店主のガブリエル・サンチェスは語る。少し前にはフェイスブックのCEO(最高経営責任者)、マーク・ザッカーバーグも来たという。

 周囲にタコスを出す店は山ほどある。だが、タコス一つ1.5ドルという低価格と、メキシコ人が食べても満足するその味は他の追随を許さないクオリティだ。

 サンチェス夫妻がイーストパロアルトに来た理由は、端的に言えば、アメリカンドリームである。

 ガブリエルはメキシコで定職を持っていたが、14年前にそれを失った。当時のメキシコは外国の自動車メーカーが進出する前で地元に雇用の口は十分にない。そこで、家族を養うために米国移住を決意した。イーストパロアルトに居を定めたのは単純に家賃が安かったからだ。

 当時のイーストパロアルトは危険な場所だった。ドラッグの売人がうろつくストリートでは車上荒らしや強盗が頻繁に起きた。敵対するギャング同士の銃撃戦で路上に死体が転がっていることもあった。「夜6時以降はとてもじゃないけど外を歩けなかった」。

 英語を話せず、大学の学位もなかったガブリエルは渡米後、隣接するメンロパークのビジネスホテルで働き始める。ほかのメキシコ移民と同様、低所得の肉体労働の他に働き口はなかった。それでも、メキシコに仕事はなく、麻薬カルテルの抗争で治安も悪化している。米国での成功を目指してガブリエルは汗を流した。

 今の店を開いたのは7年前に遡る。ちょうどレストランを閉めようとしていた人物と知り合い、その人物が借りていた物件を引き継いで店を開こうと考えたのだ。家賃の安いイーストパロアルトにはメキシコ移民やメキシコ系米国人が多く住んでいる。彼ら向けにメキシコ料理を出せばうまくいくだろうという読みだ。すぐに味と価格、感じのいい夫婦の接客で人気店になった。

 イーストパロアルトがIT企業の恩恵を受け始めたことも店にとっては追い風だった。

 治安の悪さや危険なイメージもあって、イーストパロアルトにあえて本社を構えようというテック企業やスタートアップはほとんどいない。グーグルはマウンテンビュー、フェイスブックはメンロパーク、電気自動車(EV)メーカーのテスラはパロアルト。ベンチャーキャピタルを含め、基本的にイーストパロアルトを避けるように点在している。

 ただ、利用可能なオフィス用地がシリコンバレー全体で減少する中、アマゾン・ドット・コムがシリコンバレーオフィスをイーストパロアルトに作ったように、イーストパロアルトに目を向ける企業は増えている。また、過去数年の急激な膨張によってフェイスブックの社員数が激増、本社に近いイーストパロアルトで家を探すフェイスブック社員も増え始めた。その結果、常連だけでなくIT企業の社員がランチやディナーに来るようになったのだ。

 アメリカンドリームを求めて米国に来たサンチェスの夢は叶いつつある。裕福とまでは言えないが、店は繁盛している。地元の小学校に通う4人の子供も米国になじんでいる。「そのまま、米国の大学に進んでほしい。祖国は今でも誇りに思っていますが、ここに来て成功でした」。サンチェスは笑顔で語る。

「アメリカンドリーム」を目指したサンチェス夫妻の夢は叶いつつある

コメント10件コメント/レビュー

シアトルの郊外に住んでいますが、ここでもアマゾンや他のテクノロジー企業の影響により住宅価格が高騰しています。また、リベラルな市長や市議会の方針により、市内には多くのホームレスや麻薬常用者が全米から”移住”してきて路上生活をしており、真っ昼間からバス停のベンチでヘロインを注射している光景すら目にするようになりました。記事にもありましたが、成功を収めたテクノロジー企業がもたらす光と影は、アメリカ西海岸の現今を物語っています。(2018/04/16 06:54)

「アメリカのリアル」の目次

オススメ情報

「シリコンバレーの“貧困街”が抱く希望」の著者

篠原 匡

篠原 匡(しのはら・ただし)

ニューヨーク支局長

日経ビジネス記者、日経ビジネスクロスメディア編集長を経て2015年1月からニューヨーク支局長。建設・不動産、地域モノ、人物ルポなどが得意分野。趣味は家庭菜園と競艇、出張。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

長野 光

長野 光(ながの・ひかる)

日経ビジネスニューヨーク支局記者

2008年米ラトガース大学卒業、専攻は美術。ニューヨークで芸術家のアシスタント、日系テレビ番組の制作会社などを経て、2014年日経BPニューヨーク支局に現地採用スタッフとして入社。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

シアトルの郊外に住んでいますが、ここでもアマゾンや他のテクノロジー企業の影響により住宅価格が高騰しています。また、リベラルな市長や市議会の方針により、市内には多くのホームレスや麻薬常用者が全米から”移住”してきて路上生活をしており、真っ昼間からバス停のベンチでヘロインを注射している光景すら目にするようになりました。記事にもありましたが、成功を収めたテクノロジー企業がもたらす光と影は、アメリカ西海岸の現今を物語っています。(2018/04/16 06:54)

記事を読んで涙が出ました。私はこの記事にあるシリコンバレーに住んでいますが、イーストパロアルトといえば怖くて近づくことができません。私はもともと東京港区に住んでいましたが、比べ物にならないくらいシリコンバレーの物価は高いです。特に住居。ソフトウェアエンジニアである夫は日本人が驚くほどの給与を稼いでいます。それでもただただごく普通の生活しかできません。私はエンジニアではないので給与はベイエリア平均以下です。結婚していなかったら生きていけません。2歳の娘の保育所代は毎月2200ドルです。2年半前に買った築35年の家は1億6千万円、それでも中は古くてリフォームが必要でした。同じような近所の家が最近2億円以上で売れました。地価はどんどん上がっています。
ここ5年くらいで物価は恐ろしく高騰しています。もちろんエンジニアたちの給与も上がっていますが、テクでない普通の仕事(販売員や先生や公務員なども)もしくはそれ以下の人はどうやって生きていけばいいのでしょうか?この記事にあるように、遠くに家を構えて長い時間をかけて出勤しているか、モビルハウスに住んでいるのでしょうか。これはイーストパロアルトの人たちだけの話ではありません。
今、この辺りの開発はすごい勢いです。本当にヒスパニックや貧困層の人を追い出そうとしているとしか見えません。いっぽうで優秀なテク関係のエンジニアたちは世界各地から移住してくるのでこの状況はしばらく変わらないでしょうが、これではいけないとひしひしと感じます。(2018/04/16 05:41)

このイーストパロアルトの隣、パロアルトに1982年からずっと住んでいます。Zip Code (郵便番号)が同じなので、時にイーストパロアルトに住んでいると間違われます。今は記事にあるようにメキシコ人が圧倒的に多くなりましたが、引っ越した当時は殆どが、黒人でした。つまりここは黒人奴隷の住む町だったのです。パロアルトやメンロパークの富裕層に雇われた召使が歩いて通える近隣に住み始めた負の遺産です。人種差別時代の名残りがパロアルト市内にもあり、召使のための住居が主屋の庭にある家が今もよくあります。今は家が高騰したので、主屋も付属家屋も別々の独立した家屋となっています。人種差別は法律で禁止されたのちもなくならず、70年代くらいまでは、黒人、アジア人、南米人等は家を購入することもできませんでした。家を買ったとき、不動産屋が図書館にある不動産購入に関する規則のコピーをくれました。米国の人種差別(特に黒人対する)は根深いのです。
別のコメントの方が、イーストパロアルトの家の高騰に中国人の投資の影響もあるようコメントされていますが、そうは思いません。イーストパロアルトの家は高騰したといっても精々数千万円、対してパロアルトは安くても1億円で、毎年の値上がりもイーストパロアルトより遥かに大きく、投資ならパロアルトの方が有利です。実際パロアルトの学校に通う中国人の生徒が大幅に増えました。(2018/04/12 16:05)

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桝村 聡 高砂香料工業社長