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ヘルムート・コールが欧州に残したもの

両独統一とユーロ創造の遺産

2017年6月27日(火)

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 今月16日に死去したヘルムート・コール独元首相が欧州に残した遺産は大きかった。冷戦終結の機をとらえて、負担覚悟で両独統一を実現し、ドイツ国民の悲願を成就させた。「強過ぎるドイツ」への欧州内の警戒心を解き「欧州のなかのドイツ」を立証するため、最強の通貨・マルクを捨て、フランソワ・ミッテラン仏大統領とともに欧州単一通貨ユーロを創造した。そこにあったのは、歴史に根差した「統合の精神」だった。欧州連合(EU)はユーロ危機や難民危機で揺さぶられはしたが、コール氏の遺産を生かし、独仏連携を軸に統合に向けて再出発しようとしている。

ヘルムート・コール独元首相 (1991年11月にドイツ・ミュンヘンで撮影、写真:アフロ)

地味な大男が両独統一の悲願成就

 コール氏は1982年の西独首相就任当初は、さして目立った存在ではなかった。1980年代はじめブリュッセル特派員として欧州共同体(EC)首脳会議の記者会見などに立ち会ったが、ミッテラン仏大統領の影に隠れる大男にみえた。前任のヘルムート・シュミット元首相が才気にあふれていただけに、同じヘルムートで比べられてかなり損をしていた。田舎風政治家の印象が強かった。実際には、シュミット氏がドクター(博士)であるのに対して、コール氏は政治、歴史学を学んだ「プロフェッサー・ドクター」(教授・博士)と最上級のインテリだったのである。

 先進国首脳会議(サミット)の場でも地味だった。必ずロナルド・レーガン米大統領の隣にいる中曽根康弘首相が英語をしゃべるのに対して、コール氏は「英語もしゃべらない」と米人記者のなかではあまり評判がよくなかった。

 その地味なコール氏が1989年11月9日のベルリンの壁崩壊を受けて、ドイツ統一への歴史的決断をし、機関車のような行動力を発揮するのである。冷戦の終結という歴史的機会を実らせたのは、指導者の決断と実行力であることが立証された。

コメント4件コメント/レビュー

ヘルムート・コールが亡くなったことを知りました。遅ればせでお恥ずかしい限りです。記事を読んで,改めて過日の活躍を思い返しました。といってもそれほど強い印象があったわけではないのですが,東西ドイツ統一で強硬に,マルクを統合した「凛とした指導者」という印象はありました。東独と西独では経済格差が大きく,東西のマルクには3倍近い価値の差があるという人さえいました。それを1:1で統合し,東ドイツの州を西独の州として統合していった「強引さ」には,風貌(熊のぬいぐるみのような,風船のような)とは異質の「指導者」を見た気がしました。案の定,東独は大不況に陥り,失業者があふれることになりました。怨嗟の声がコールに向けられていたのが印象に残っています。今,歴史とともに振り返ると,彼の視点が確かで,決意と行動がドイツを「準超大国」にまで引き上げた。そこにはもう一人の巨人ミッテランがいて「大フランス」という盟友を得たわけでした。この「準超大国」はドイツ一国でも,フランス一国でもないこの2国の盟友関係に近隣諸国を巻き込んで成り立たせ,実現させたのが厳然たる歴史だともいます。この歴史を築いた「偉人」は「国民国家」の「呪縛」に敢然と戦い,「平和の希求」から国と政治のあり方を構想した「ヨーロッパの救世主」として現代の使徒のひとりといっていいのかもしれない。最晩年にポピュリズムが台頭し,右翼をドイツ国内でも力を得て,「排外主義」を唱えるようになったのをどのように見ていたのだろうか。「ヨーロッパとドイツへのコールの遺言」を聞いてみたと思いました。(2017/06/27 14:48)

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「ヘルムート・コールが欧州に残したもの」の著者

岡部 直明

岡部 直明(おかべ・なおあき)

ジャーナリスト/武蔵野大学 国際総合研究所 フェロー

1969年 日本経済新聞社入社。ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、論説委員などを経て、取締役論説主幹、専務執行役員主幹。早稲田大学大学院客員教授、明治大学 国際総合研究所 フェローなどを歴任。2018年より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ヘルムート・コールが亡くなったことを知りました。遅ればせでお恥ずかしい限りです。記事を読んで,改めて過日の活躍を思い返しました。といってもそれほど強い印象があったわけではないのですが,東西ドイツ統一で強硬に,マルクを統合した「凛とした指導者」という印象はありました。東独と西独では経済格差が大きく,東西のマルクには3倍近い価値の差があるという人さえいました。それを1:1で統合し,東ドイツの州を西独の州として統合していった「強引さ」には,風貌(熊のぬいぐるみのような,風船のような)とは異質の「指導者」を見た気がしました。案の定,東独は大不況に陥り,失業者があふれることになりました。怨嗟の声がコールに向けられていたのが印象に残っています。今,歴史とともに振り返ると,彼の視点が確かで,決意と行動がドイツを「準超大国」にまで引き上げた。そこにはもう一人の巨人ミッテランがいて「大フランス」という盟友を得たわけでした。この「準超大国」はドイツ一国でも,フランス一国でもないこの2国の盟友関係に近隣諸国を巻き込んで成り立たせ,実現させたのが厳然たる歴史だともいます。この歴史を築いた「偉人」は「国民国家」の「呪縛」に敢然と戦い,「平和の希求」から国と政治のあり方を構想した「ヨーロッパの救世主」として現代の使徒のひとりといっていいのかもしれない。最晩年にポピュリズムが台頭し,右翼をドイツ国内でも力を得て,「排外主義」を唱えるようになったのをどのように見ていたのだろうか。「ヨーロッパとドイツへのコールの遺言」を聞いてみたと思いました。(2017/06/27 14:48)

ユーロ誕生をめぐる誰でも知っている話が長々と続き、最後に第4次産業革命というコンセプトを提唱したことと財政黒字だけで「日本がドイツに敗れた」という結論。なんという薄っぺらい記事。

「第4次産業革命」というコンセプトを提唱するだけで勝利国になれるのなら誰も苦労しませんよ笑。まだこの革命の勝者が誰かがはっきりしているほど事態は進展していません。

気質も文化も異なる欧州各国を無理矢理「理念」で結びつける、EUという野蛮な実験につきあわされるドイツには暗い未来しか待っていないように思えますが。とにかく財政統合しないで単一通貨維持みたいな根本矛盾は欧州を苦しめ続けるでしょう。(2017/06/27 11:02)

論調は、巨星落つ― ではない。が、筆者の真に重厚な弔意が読み取れて不謹慎な表現かもしれないが却って嬉しかった。日本は勿論だが、世界の趨勢についての括目にしては年頃にしては遅れ馳せながら興味津々を駆り立てられた時期、個人的には西欧旅行時の通貨に関わる場面の煩瑣さに悩ましく思い、コール氏たちの高邁な今のユーロ創生への願いとは勿論、ほど遠い単純、粗野なものだった事は言うまでもない。こうしたいろいろなことがあって、歴史はつくられるのだを一層深く得心する。それにつけてもヘルムート・コールが欧州に残したものを、そのまま安倍晋三が日本に残したものと同音同質、且つ感謝と誇りを以て伝えつなぐ事ができるかと加えて考える。各国間の恩愛・恩讐を超えても一朝一夕ではなかったユーロの生まれ出る労苦とその運用・運行難しさは各国の利害や損得勘定を想うだによく判る。単に日本國一国の問題だとは言わないが、一挙手一投足は濃淡や大小の違いはあろうが、それを言うならその前にモラルある政権と政権のバックボーンである民主主義の元標を常に掲げ、後世に施策や法律の出自についても立派な遺産と認められるものであって欲しい。間違って欲しくないのは、私の政治に私の政権期間中、何を憚る処あるかとばかりの振る舞いは、如何か考えて欲しい。(2017/06/27 10:42)

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ジェレミー・ハンター 米国クレアモント大学経営大学院准教授