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W杯初得点のあのシュート、最高でも何でもない

「クロアチア戦の完璧シュート」に挑む、中山雅史の執念

2018年6月18日(月)

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 1998年開催のサッカーワールドカップ(W杯)フランス大会で、歴史的な日本のW杯初ゴールを決めた中山雅史さん。それから20年後の今もなお、中山さんはJ3リーグ・アスルクラロ沼津で現役を継続している。なぜ50代になった今も、中山さんはピッチに立つことを目指すのか。サッカーに対する熱い思いについて聞いた。

前回から読む)

中山雅史(なかやま・まさし)氏
プロサッカー選手・元日本代表
アスルクラロ沼津所属
1967年静岡県藤枝市生まれ。アスルクラロ沼津所属のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。筑波大学を経てヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)。98年ワールドカップフランス大会で日本人初得点を記録。2002年ワールドカップ日韓大会にも出場。Jリーグ最優秀選手賞1回、得点王2回、ベストイレブンを4度受賞し、Jリーグシーズン最多得点、J1最年長出場記録。国際試合における最短ハットトリックのギネス世界記録保持者でもある。J1で157ゴール、日本代表では通算53試合で21得点を達成。12年に第一線を退き、スポーツ番組の出演やサッカー解説などで活躍。15年アスルクラロ沼津に入団し、ケガと向き合いながら再びピッチに立って戦うことを目指す。(写真:厚地健太郎、スタイリング:高橋京子、ヘアメーク:高柳尚子)

2012年12月の会見では、「まだ未練タラタラ」「もしかしたらカムバックするかもしれない」と、休職ならぬ「休J」宣言をされました。そして3年後の15年9月14日、ジュビロ磐田の元監督山本昌邦さんが会長を務めるJFL「アスルクラロ沼津」(現在はJ3)に選手登録され、復帰された。定期的に静岡・沼津に通い、練習に参加されています。50代になった今も、なぜピッチに立つことを目指すのでしょうか。

 膝のケガが完治せずストライカーとして得点できないシーズンが続いたため、あの会見では当然のように引退発表だと誰もが思ったはずです。でも、未練があったのも、復帰するかもしれないというのも本心。そう言った以上、嘘をつきたくないからリハビリも続けるつもりでした。

 何が何でも第一線での活躍を目指すというより、ケガのストレスがあっても何とか自分がサッカーを楽しめるレベルまでに持っていければという思いが強かった。

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「W杯初得点のあのシュート、最高でも何でもない」の著者

高島 三幸

高島 三幸(たかしま・みゆき)

ライター&エディター

京都市生まれ。大学卒業後、実業団の陸上競技短距離選手として活動。メーカー勤務を経てフリーランスのライター&エディターに。アスリートやビジネスパーソン、芸能人などの人物取材を得意とする。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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