• ビジネス
  • xTECH
  • クロストレンド
  • 医療
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

安藤忠雄氏が忘れない「職人への敬意」

建築家・安藤氏の言葉の力:第4回

2017年12月25日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 建築家・安藤忠雄氏の関係者50人へのインタビューの中から、仕事や社会活動に役立ちそうな安藤氏の言葉をいくつかのテーマで紹介する本コラム。今回のテーマは、「モノ作りへのこだわり」だ。

安藤忠雄氏(写真:生田 将人)

 安藤氏は、モノ作りへの執着が強い建築家として知られる。若い頃には、コンクリート打ち放しの仕上がりに納得がいかず、途中までつくった建物を壊してコンクリートを打ち直したという逸話も残る。

伊東豊雄(いとう・とよお)
伊東豊雄建築設計事務所代表。1941年京城市(現ソウル市)生まれ。65年東京大学工学部建築学科卒業。菊竹清訓建築設計事務所を経て71年にアーバンロボット(URBOT)を設立。79年に伊東豊雄建築設計事務所に改称して現在に至る。2013年プリツカー建築賞受賞(写真:山田愼二)

 安藤氏が実作を世に問い始めた1970年代後半、建築界は「ポストモダン」のムーブメントが生まれ、「モノ作り」よりも「設計の方法論」に重きが置かれるようになり始めていた。そんななか、同世代の建築家・伊東豊雄氏は、デビュー当時の安藤氏から聞いたこんな言葉が忘れられない。

「モノに人が乗り移らなければ建築はだめなんだよ」

安藤氏の出世作となった「住吉の長屋」(1976年竣工)の現況(写真:日経アーキテクチュア)

 伊東氏はこう振り返る。

 「当時東京では、同世代の建築家とよく酒を飲み、建築の話をしていた。どちらかと言うと空間論をはじめとするやや抽象的な議論が多かった。建築をやりたいのに仕事がない。社会から阻害されているという意識が強く、社会に批判的なスタンスを取っていた」

 「それに対して安藤さんは、我々が入り込めない現実社会に土足でヅカヅカ踏み込んでいくようなたくましさを備えていた」

 「東京の我々が考えていた建築家像とは違い、中小企業の経営者のように見えた。クライアントや施工者との関係構築、具体的なつくり方へのこだわり、お金の工面……。当時の私たちは、建築をつくる際にこうした要素が大切なことをよく理解していなかったが、安藤さんは最初からきちんと心得ていた」

オススメ情報

「旧弊を打ち破る安藤忠雄の言葉」のバックナンバー

一覧

「安藤忠雄氏が忘れない「職人への敬意」」の著者

宮沢 洋

宮沢 洋(みやざわ・ひろし)

日経アーキテクチュア編集長

1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。日経アーキテクチュア編集部に配属。以来、建築一筋。現在は日経アーキテクチュアにて「建築巡礼/プレモダン編」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

私たちは、ひどいニュースのあまりのひどさに 麻痺しつつある。

小田嶋 隆 コラムニスト