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AI研究の旗振り役に徹し、年間100回の講演に駆け回る

特集「AI研究の旗手、松尾豊の焦燥」(1)

2015.12.07多田 和市

今年の人工知能ブームの“顔”と言えば、東京大学准教授の松尾豊だろう。激務の中、年100回もの講演をした背景には、AI研究への焦燥と大きな目標がある。松尾豊特集を3回に分けてお届けする。

 後世から見れば、今年は日本の人工知能(AI)研究基盤を本格的に構築するための動きが出てきた年であり、来年は「AI研究基盤元年」になるだろう。今年春以降、国や民間企業がAI研究投資を加速しはじめたからだ。

これから取り組むべき人工知能研究について熱弁する松尾豊・東京大学准教授。大阪市で初めて開催されたBigData Conference 2015 OSAKAの基調講演に登壇した
これから取り組むべき人工知能研究について熱弁する松尾豊・東京大学准教授。大阪市で初めて開催されたBigData Conference 2015 OSAKAの基調講演に登壇した
Photo by Mikiko OHTA

 AIの若手研究者として群を抜いてマスコミに登場している東京大学工学系研究科技術経営戦略学専攻准教授の松尾豊は、こうした国の政策に少なからぬ影響を与えてきた。松尾は経済産業省や総務省がそれぞれ主催した委員会に出席して、産業界及び国全体におけるAI技術の重要性についてかなり率直に意見を述べてきたのだ。

 まず国の動きとしては今年5月、産業技術総合研究所(産総研)に人工知能研究センターが設立され、来年4月以降、研究者などの配属が一段落して本格的な研究体制が整う。「フルタイムの研究者が65人、大学からの客員研究員が45人、合計で100人を超える体制になる。さらに15人ぐらいのポスドクを採りたい」とセンター長の辻井潤一は話す。

 来年半ばには、理化学研究所にAIなどの統合研究開発拠点「AIP(Advanced Integrated Intelligence Platform Project)センター」が設立される。東京・大手町や東京・六本木といった都心部にセンターの拠点が誕生する。「常勤研究者のほか、東京大学を中心に公立はこだて未来大学や東北大学、東京工業大学、慶應義塾大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学などから研究員をクロスアポイントメント制度(毎週1回程度の勤務)の活用で確保する」(文部科学省)。研究開発投資は年間90億円規模になる見込みだ。

国が進める人工知能研究体制
国が進める人工知能研究体制
2015年5月に産業技術総合研究所内に人工知能研究センターを設立。2016年には、理化学研究所に人工知能などの統合研究開発拠点「AIP(Advanced Integrated Intelligence Platform Project)センター」を設立する。今後は、 経済産業省、文部科学省、総務省の3省が協力して、人工知能研究拠点の基盤を整備

 年間300億円以上の米国に対して同85億~95億円と見劣りしていた日本も、AIPセンターの予算が通れば巻き返しになる。「新領域開拓者支援」(科学技術振興機構=JST)の予算要求額10億円などを含めると、全体で200億円規模まで拡大するからだ。

人工知能関連研究への政府による投資規模(2015年以前)
米国は300億円以上、日本は85億〜95億円。日本は米国に比べて「周回遅れ」と言われていた

 松尾はAIPセンターを核にした文部科学省の政策「人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクト」の立案に向けた打ち合わせ会にも、大御所と共に参加。最年少のメンバーとして今後発展しそうな分野がどこなのか、分かりやすく説明した。

「さすがトヨタさん、非常に賢明」

 民間企業はもっとアグレッシブだ。今年4月にリクルートホールディングスがRecruit Institute of Technology(RIT)を本格的なAI研究拠点に再編。米カーネギーメロン大学教授のトム・ミッチェルをはじめとする世界の権威をアドバイザーとして迎え入れた。今年11月には拠点を米国シリコンバレーに移し、米グーグルリサーチで実績のあるアーロン・ハーベイがRITトップに就任した。 

 11月6日には、ビッグニュースが飛び込んできた。トヨタ自動車が2016年1月、米国カリフォルニア州パロアルトに、AI技術の研究・開発強化に向けて新会社を設立すると発表したのだ。トヨタ自動車社長の豊田章男と、新会社の社長に就任するギル・プラットが記者会見を開いた。プラットはAIとロボットの研究で世界的に有名な研究者だ。

5年間で約10億ドル(約1200億円)の人工知能研究投資を決断したトヨタ自動車の豊田章男社長(写真右)。写真左はギル・プラット氏。2016年1月に米国カリフォルニア州パロアルトに設立する人工知能研究拠点、米トヨタ・リサーチ・インスティテュートトップに就く
5年間で約10億ドル(約1200億円)の人工知能研究投資を決断したトヨタ自動車の豊田章男社長(写真右)。写真左はギル・プラット氏。2016年1月に米国カリフォルニア州パロアルトに設立する人工知能研究拠点、米トヨタ・リサーチ・インスティテュートトップに就く

 AIは完全自動運転を実現するうえで欠かせない。豊田は「AI技術とビッグデータを結びつけることで、自動車以外の新しい産業を創出することも可能になる」と話した。

 5年間で1200億円という投資規模に松尾も舌を巻く。「今のタイミングであの規模の投資を決断するなんて、さすがトヨタさんだと思った。ベストな意思決定だ。半年や1年遅れると、先を越されてしまう。自動車よりも広い概念を捉えていることなどは、非常に賢明なディシジョンだと思う。リクルートもとてもいいスピード。自動車以外の企業も追随してほしい」と松尾は熱っぽく語る。

 松尾はこの1年というもの、文字通りスポークスマンとして、AI研究の必要性を訴えてきた。国や民間が主催するイベントでの講演登壇数は、100回に及ぶ。昨年の15回に比べて飛躍的に増えた。

 「僕にはAIコミュニティーを盛り上げる役割があって、今年1年旗振り役に徹してきた。結構大変だったが、それなりの効果があったのではないかと、手応えを感じている。研究ではまだ米国に負けているが、産業界の動きは1年遅れまで追いついてきた。AIに関する研究投資が増えてきたことに関しては、多少なりとも貢献できたのではないか」と、松尾はこの1年の激務を振り返る。

 産総研AIセンターの客員研究員に名を連ねる松尾は、企画チーム長の役割を担っている。ビッグデータ分析の知見を生かして産学連携を進める。これまで東大・松尾研単独で進めてきた企業との共同研究。産総研の研究者をはじめ、AIセンターを核にして日本中のAI研究者を何らかの形で産業界と結びつけて価値を提供する体制を敷く。「なかなか難しいことがたくさんあって、問題を1つひとつ解決していきながら、進めている感じだ」(松尾)と言う。

 センター長の辻井は「グーグルやアップルのように社内に閉じたものではなく、社会に出て行ってIoTやインダストリー4.0で強いパートナーと組んでやっていく。ヒューマンライフ、マニュファクチャリング、サイエンスの3つの柱でそれぞれ、強い企業などと組めるかどうかにかかっている」と話す。産学連携のハブを目指す辻井にとって、松尾の役回りに期待する。

今後は自らの研究で力を発揮

 松尾は、1人のAI研究者として、また政策立案に関わってきたアドバイザーとして、理研のAIPセンターに対する期待は大きい。「知能の根源的な原理の解明に取り組んでいただきたい。ディープラーニング(深層学習)がそのきっかけになるが、さらに行動による概念生成、推論、思考、言語、数的思考、意識など、解明しなければならないことがたくさんある。その学術的な進展を担っていただければと思う。科学技術全体に関わる、人間にとっての『理解すること』の限界と新しい可能性を示していただきたい」と松尾は期待する。

 松尾は言う。「旗振り役というのは、みんなが動き始めればいいので、今後は本来の研究でどこまで力を発揮できるのか、頑張ってやっていかないといけないと思う」。これからの松尾は、AI研究者としての真価が問われる。

 最近の講演で松尾はよく「大人のAI」と「子供のAI」という話を持ち出す。前者は「ビッグデータ全般やIoT全般、米IBMのWatsonや米アップルのSiri、ソフトバンクのPepperなど、一見すると専門家(大人)ができることはできるが、裏で人間が作り込んでいるAIだ。人間が特徴量を与えている」(松尾)。

 後者は、「特徴量を抽出できるディープラーニングを中心に発展していくもので、子供のできることができるAIだ。つまり、背景知識がほとんどない状態から学習できる。人間の発達と同じような技術進化、認識力の向上、運動能力の向上、言語の意味理解という順番で技術が進展する」(松尾)。

 例えば、大人のAIによる自動運転は、災害など環境の変化や例外に対応できない。ところが子供のAIは試行錯誤を通じて運転を学習する。

 ずばり松尾は、子供のAIに注目する。既にディープラーニングは画像や音声認識に導入されるようになり、次は運動への適応だ。具体的には、ロボットや機械が対象になる。ロボットが自ら特徴量を抽出できるディープラーニングを装備。強化学習と組み合わせて自ら学習するようにしていく研究だ。=文中敬称略

※特集第2回「研究に欠かせぬデータを求め、積極的に企業と共同研究」に続きます。