じぶんマネジメント研究所

心のコップにネガティブを溜めないために

「勇気づける上司」になる方法・前編

文:高下 義弘 03.23.2017

いい仕事をしたいあなたに向けて、ヒューマン・マネジメントのヒントを送る本コラム。上司と部下のコミュニケーションを円滑にするために、まずは「勇気づける上司」になる方法を3回に分けてお伝えしたい。異動、昇進昇格、組織変更で何かと気ぜわしいこの季節、あらためて押さえておきたい“部下マネジメント”の要諦を、識者がアドバイスする。

部下の気持ちを受けとめて見えた「再生の道」

部署の現状を把握した中尾さんは、課長にやんわりと「こういうやり方では機能しないのでは」と投げかけた。しかし“聞く耳持たず”で、次第に中尾さん自身がこの課長から無視されるようになった。そこで中尾さんは「課長の信頼を得るまでは、指示通りに動くしかない」と腹をくくった。

一方、中尾さんは部署の社員一人ひとりに話しかけ、悩みや不満を聞く、つまり「気持ちを受けとめる」ことに徹した。「自分がおかしいのだろうか」と思い悩んでいたメンバーは、怒りや悲しみといった積年のつらい思いを中尾さんに吐き出した。「気持ちを受けとめると、彼らは『救われました』と言いつつ、だんだん冷静さを取り戻してきました。次第に、現場をよく知る立場から、組織のより詳しい問題点を私に報告してくれるようになりました」(中尾さん)

中尾さんは部署を本格的に立て直すべく、配属から約1年後、覚悟を決めて“肉を切らせて骨を断つ”アクションを断行した。この課長の上長に当たる管理職と直接話をする機会を得て、部署の現状を説明。そのうえで、この課長と中尾さんの2人に「最低の人事評価を付けてほしい」と申し出た。「課長補佐である私にもセットで悪い評価を付けてもらわないと、上長はこの課長にマイナス評価をつけることができない」(中尾さん)からだ。

結果、次の人事異動のタイミングでこの課長は部署が変わった。その後配属になった課長は部署全体のことが考えられる人物で、中尾さんが現場から集めた材料を参考にしつつ、部署の立て直しに着手した。「部署の一人ひとりは元々優秀な人たちばかりでしたから、この後はうまくいった。ただ、私には悪い評価がついたので、入社同期の社員に比べて昇進が遅れてしまいましたが」と中尾さんは苦笑いしながら振り返る。

中尾さんによれば、組織の問題にはしばしば、組織のリーダーが抱えている心の問題が反映されている。そして「管理職の中には、自分よりも優秀な部下をつぶすタイプの人が意外に多く見られます」と指摘する。

部下をつぶすやり方には、いくつかのパターンがある。優秀な部下を自分の“手足”に作り替えようとあの手この手を尽くすパターン、あらゆる仕事を丸投げにして押しつぶすパターンなどである。そう考えると、リーダーの影響力は恐ろしいほどに大きい。しかも回り回って会社全体の生産性を下げていることになる。

ただ、彼らもある意味、被害者なのだという。中尾さんはパワハラ上司による問題行動の原因をたどると「幼少期に経験した家庭環境に起因することが多い」と解き明かす。

その上司の親が学業成績などの結果しか見ないようなタイプであれば、手段を選ばぬ成果主義的な価値観に支配される。家に居場所がなかった人は、不必要なまでに長時間職場にいたり、わざわざ仕事を自分以外にはわからない形にしたり、目立つ部下にハラスメントを仕掛けたりすることで、職場を自分の居場所にしようとする。ちなみに、親に「ダメ人間」と言われ続けてきた人は、不思議と職場でもダメ人間扱いされるようなトラブルを起こすという。

中尾さんは「組織を不幸にする上司は、家庭内で生産されているといえます。私が家族カウンセリングを始めたのは、そうした理由もあります」と打ち明ける。

強いチーム作りにもつながる「受けとめること」

気持ちを受けとめるコミュニケーションの実践経験は、この後にも大いに役に立ったという。

中尾さんは、社内の業務改革プロジェクトに携わることになった。プロジェクトチームの中心メンバーとなり、組織の現状分析や計画立案の準備に取りかかった。このとき中尾さんがメンバーとのコミュニケーションで心がけたのは、改めて「気持ちを受けとめること」だった。

このプロジェクトの対象となった組織は、まさに問題が山積み。中尾さんが始めたのが、折々で社員に話しかけつつ、連れだってランチに行ったり、飲みに行ったりして、彼らの話をひたすら聞くことだった。

中尾さんは先の事例も踏まえつつ、「多くの場合、個々の社員が悪いわけではなく、個人が置かれている仕組みやシステムのほうに問題があります」と指摘する。「これが分かってくると、自然とメンバーの話を傾聴することができました。後で心理カウンセリングを学ぶことになって、これが効果的なコミュニケーションのあり方だということを改めて自覚しました」(中尾さん)

対人コミュニケーションにおいてはしばしば「傾聴スキル」が重要だとされている。スキルの主な内容としては、「相手に正対し、目をよく見て、相手が話し終わるまでしっかり聞く」「相手の発言内容を要約して投げ返し確認する」といったものだ。

また、中尾さんはプロジェクトの会議においても、メンバーの発言を妨げず尊重することを心がけたという。具体的には、発言の一つひとつをホワイトボードなどに書き出してメンバー内で共有することを心がけた。自分の発言がリーダーによって丁寧に書き出されると、メンバーは自分のアイデアが大切にされていると感じて、やる気が出る。その結果さらにメンバーの発想と発言が促され、相乗効果が期待できる。中尾さんは「次第にチームが活性化してくるのが感じられました」と語る。

「リーダーのやることは実は限られていて、議論が脇道にそれたときに、本論に戻すこと。それから、その時点における結論をきちんと出し、次の課題を明確にすること。チームが活性化していれば、この程度でもうまく進んでいくんです」(中尾さん)

実にシンプルな取り組みではあるが、この積み重ねがチーム力の向上につながった。「業務改革のような会社横断的な取り組みは、総論賛成・各論反対。いろいろな部署からのさまざまな抵抗に遭いました。でもチームに底力があったので、難しい局面も切り抜けることができました」(中尾さん)。この業務改革プロジェクトは、最終的には成功した。