角田光代の「もう一杯だけ☆ご一緒に」

ひとり飲みという文化

最終回 女性のひとり酒に乾杯!

文:角田 光代 /写真:菊池くらげ/イラスト:ノグチノブコ 03.25.2019

お酒と食が大好きな女流作家の角田光代さん。居酒屋で友人と肩を並べ、あれこれよもやま話に花を咲かせることも多いとか。そうした場面を切り取って、エッセイにしてカンパネラ読者にお届けしてきた連載もいよいよ最終回。世界各地の居酒屋を訪ねてきた角田さんが、日本のひとり飲み文化について語ります。

2018年の「世界ジェンダー・ギャップ報告書」のジェンダー・ギャップ指数ランキングで、日本は、149カ国中110位である。あいかわらずの低さだ。何における男女の格差かというと、高等教育や社会進出、社会におけるリーダーシップにおいて、女性の率が男性よりもかなり少ないという点だ。なるほどたしかにそうなのだろうと思う。

しかしながら飲酒について考えるとき、なんだかジェンダー・ギャップのランキングと女性の飲酒率には、それこそ妙なギャップがあるなあと思ってしまう。ここで私の言いたい飲酒率というのは、ただたんに「酒を飲むか否か」ということではない。「居酒屋およびバーで、女性がひとりで飲んでいる率」である。

これはもしかしたら東京だけにかぎったことかもしれず、あるいは私の住む町だけ異様にその率が高いのかもしれない。しかしともかく、ジェンダー・ギャップとは反比例して、日本では、女性がひとりで酒を飲むことが、他のどの国よりずっと受け入れられやすいと私は思っている。

まず、宗教的理由で男女ともに酒を飲まない地域がある。そういう国では、女性がひとりで行動すること自体がタブーである場合もある。あるいは、宗教的に酒は禁止されていないが、女性が人前で飲酒することをよしとしない思想を持つ国や地域もある。

それらを除いた国々では、もちろん女性たちはレストランでもカフェでもバーでも飲んでいる。でも、ひとりではない。カフェでなら、ひとりで飲んでいる女性を見ることもあるが、そんなに多くない。レストランでひとりで飲みながら食事をしている女性や、バーでひとり飲む女性は、異国ではめったにいない。ひとり女性客がいるのはファストフード店かカフェか屋台だ。

仕事でヨーロッパにいったとき、その国在住の人たちに「なぜ、ひとり女性客は飲食店に少ないのか」と訊いてみたところ、「ひとりでわざわざレストランにいくことが、そもそも一般的ではない」との答え。とくに女性が、ひとりでレストランで食事をする、バーで酒を飲む、という文化がないらしい。文化。たしかに、ひとりで酒を飲むとか飲まないとかって、道徳とか偏見の問題になることもあるが、「文化」だよなあ、と納得した。

でも、じゃあ、異国のレストランでひとり食事をしている私なんて、変な人だなあと思われているのかな? と重ねて訊くと、「いや、旅行者ならばなんとも思わない、ひとり旅なんだなあと思うくらい」と言う。「バーは? バーにいるひとり女性客はどう思われるの?」とさらに訊くと、「それは奇妙な人に思われる」とのこと。奇妙な人、もしくは、(バーでしかなしえない)何かしらの目的がある人。私は旅先でひとりでバーにいくが、これもきっと、旅行者だから大目に見てもらっていると信じよう……。

ひとりで食事をするのって不憫なこと?

先だって仕事で韓国にいったのだが、仕事相手の韓国の方々とひとりごはん事情の話になった。やっぱり韓国でも、男女ともに、ひとりで外食をするという文化があまりないという。日本から仕事で赴任しているある女性が、東京の感覚でひとりでごはんを食べていたところ、たまたまその姿を見つけた韓国人の同僚が、職場の仲間に「○○さんがひとりでごはんを食べている! 気の毒だから集まりましょう」と一斉メールを送り、数分後には大勢での食事になった、という。


やはりそうした食事事情をよく知らない日本人男性が、焼き肉屋にひとりでいったところ、女あるじがずーっと彼のテーブルについて、肉を焼いてくれつつ、ずっと話しかけ続けてくれたのだと話す。彼曰く、のちに考えると、ひとりで食事をしているのが不憫だから相手をしてくれていたんだなあ……とのこと。

私の暮らす町では、大衆居酒屋でもバル系の店でもレストランでもバーでも、女性のひとり客がふつうにいる。私もしょっちゅうひとり客であるが、入る店に困ることがない。しかも多くの店が、料理の量をひとり用に調節しますかと訊いてくれる。本当にありがたい。

お鮨屋さんだけは躊躇してひとりで入ったことがないが、でも、お鮨屋さんにもひとり女性客はちゃんといる。私はそれを奇異なこととは思わずに、かっこいいなあと思う。こういうことこそまさに、文化なのだと思う。

私の母の世代はこんな文化はなかった。女性がひとりで酒を飲んでいるなんて、あり得なかったことだと思う。赤提灯の居酒屋は男性のためだけにあったはずだ。だからこの文化は、その後の女性たちが作ったのだ。そう考えると、無数の彼女たちに感謝せずにはいられない。

撮影協力:鳥もと 本店
     東京都杉並区上荻1-4-3 (荻窪駅から200m)
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角田 光代(かくた みつよ)
早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『坂の途中の家』『拳の先』など多数。お酒や食にまつわるエッセイも多く、『よなかの散歩』『まひるの散歩』『月夜の散歩』などがある。
家飲み酒とも日記