角田光代の「もう一杯だけ☆ご一緒に」

どちらが誘うの?

第1回:「男女がはじめてお酒を飲むとき」の今は昔

文:角田 光代 /写真:菊池くらげ/イラスト:ノグチノブコ 04.24.2018

お酒と食が大好きな女流作家の角田光代さん。居酒屋で友人と肩を並べ、あれこれよもやま話に花を咲かせることも多いとか。そうした場面を切り取って、エッセイにしてカンパネラ読者にお届けしようという本企画。仕事や恋愛、友人や家族など、女性の関心の高いテーマについて存分に語っていただきます。第1回は、「男女でお酒を飲みにいくとき、誘うのはどっち?」の今昔物語です。

私が若き日々を送ったのは、日本がまだバブル期と言われていたころだ。バブル期が終わってゆっくりと経済は不況になっていくが、それでもしばらくのあいだはバブルの余波があった。そんななかで私は十代の終わりから二十代を送った。

考えてみればそれはもう三十年も前のことで、多くのことが今とは大きく違う。恋愛のはじまりかたもそのころと今とでは、まるで異なるようである。気になる人がいたら、まず食事か酒を飲みにいく、というのは、今も昔もごくふつうのことだと思う。しかし私が学生のころは、その声がけをするのは男の子だという暗黙のルールがあった。もちろん例外はあれど、気になる人を自分から飲みに誘う女の子は非常に少なかった。そして声をかけたほうが、店を選び、食事代金を負担するのが一般的だった。

しかしながら私はこうした流れがとても苦手だった。それは私がもてない上に、自意識過剰だったからだろうと思う。

たとえばさほど親しくない男子が「ごはん食べにいかない?」と言う。そのとき私は一秒くらいでものすごい量のことを考える。

これはただたんに食事をいっしょにしようというだけの誘いなのか、それとも、この「ごはん」は符牒(ふちょう)に過ぎず、交際しませんかと問われているのか。いや、しかし交際しませんかと実際に言われていないのに「しません」というのは明らかに自意識過剰だと思われる、つまり、食事を断ったら、なんだこの自意識過剰女と思われる、それはいやだ、それだけはいやだ。──そして私は、諾、とほとんど即答していた。そのくらい、自意識過剰だと思われるのはいやだった。

けれども私は見知らぬ人と食事をするのが苦手で、なおかつ、当時は好き嫌いがとても多かった。さらに興味の範囲が狭く、興味のない世間話ができない。当然、食事の場は盛り上がらない。たいてい二度目は誘われなくなったが、ときたま複数回、二人でいっしょに飲んだり食べたりすると、やっぱりその後やっかいなことになった。興味のない人には、自意識過剰だと思われてもいいから、食事にも飲みにもいけませんと答えるのがただしいのである。

フラれ役を引き受けるのは圧倒的に女子?

今の三十代の人たちに話を聞いてみると、もう少しシンプルだ。気になる人を誘うときは、ちゃんと好意アピールがあったり、つきあいましょう、という関係がまず先にあったりしている。そして(私の友人知人に偏りがあるのかもしれないが)、ごはんにいかないか、飲みにいかないか、ときちんと好意を示しつつ誘うのは、女の子のほうが圧倒的に多いのである。飲食代金も割勘(わりかん)。

え、そうなの? 本当に? と思った私は、飲み屋で隣り合った三十代くらいのカップル(もちろん見知らぬ人)たちに、はじめて二人で飲みにいったときはどちらから誘ったの?と訊いていた時期がある。実際に九割がた、女の子から誘っていた。

「誘われてどう思った?」と男の子に訊くと、「うれしかった」のだと言う。男の子のほうも彼女が気になっていて、誘ってくれないかなと思っていた、と。「それならなぜあなたから声をかけないの?」と、当時四十代だった私は好奇心のまま訊いた。だって断られたら傷つきますから。というのが、たいていの男子の弁。つまり傷つくことを今は女子が引き受けている、ということだ。時代は変わった。

二十代になると、恋愛自体に興味がないという人が多くてびっくりする。だから彼、彼女たちには面倒な駆け引きもないようである。飲みにいかない? と訊かれたら、それは、酒を飲みにいきませんか、という意味以外のなんでもなく、映画に見にいかない? と訊かれたら、この映画を見にいきませんか、という意味以外のなんでもない。若き日の私のような、無駄ごはんや無駄酒はないのであろう。それはそれでちょっとうらやましいけれど、でも、興味のない恋愛に、彼、彼女たちがいつか興味を持つ日がくるのだろうかと不思議に思う。そしてもし興味を持つときがきたら、どちらから、どんなふうに誘うのかも、ちょっと知りたい。

(イラスト ノグチノブコ)
撮影協力:鳥もと 本店
     東京都杉並区上荻1-4-3 (荻窪駅から200m)
予約・お問い合わせ :03-3392-0865


角田 光代(かくた みつよ)
早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『坂の途中の家』『拳の先』など多数。お酒や食にまつわるエッセイも多く、『よなかの散歩』『まひるの散歩』『月夜の散歩』などがある。