ロジックよりマジック

風の音楽を呼びおこす、尺八マジック──中村仁樹さん

文:関橋 英作 10.10.2018

(写真提供:中村仁樹氏)

豊かな生活とビジネスのヒントは、ロジックよりもマジックにあり。著名コピーライター&クリエイティブ・コンサルタントの関橋英作さんが素敵なヒントを探る本コラム、今回は日本の伝統的な楽器・尺八。なぜいま尺八なのか? 伝統とトレンドが交差する音の世界の、ロジックとマジックを探ります。

いま、なぜ尺八か。それは、時代の変化で失われたものを補ってくれると思ったからです。ご存知のように、情報にあふれた社会。その多くを視覚から得ている。50%から70%とも言われています。と同時に、周りにはとてつもない量の音が存在している。電車音、冷蔵庫の音、テレビやスマホからの音、雑踏の音など、ほとんどが混沌とした雑音の洪水です。知らぬ間に、それらがストレスの原因になっているのです。

だからこそ、「癒やし」がキーワードの一つになっています。アロマを使ったり、森へ行ったり。癒やしの音楽を聴くこともあるでしょう。小川のせせらぎや、ゆったりとしたシンフォニーなど。

実は、音にはサウンドスケープという生態学があります。大地の音である「ジオフォニー」、生物起源の音である「バイオフォニー」、そして人間が作りだす「アンソロフォニー」。私たちは、音の洪水の中で暮らしていると言っても過言ではありません。

その中でいま最も大事なのは、大地の音、生物の音である自然界の音。その中には、とてつもない量の情報が隠されています。しかし、人の可聴領域は20Hz〜20kHz。それなのに、可聴領域を超える音を感じると、人は癒やされると言われています。

それで、いま注目されているのがハイレゾ音源。圧縮音源では伝えきれなかったレコーディング現場の空気感やライブの臨場感を、より感動的に体感できるというものです。分断した音の連なりではなく、すべてのつながった音を再生するという考え方。それこそ、自然界がお手本になっているのです。

前置きが長くなりましたが、この自然界の音に最も近い楽器が尺八ではないかと思い、中村仁樹さんというすばらしい奏者のことを書くことにしました。

自然界の音と共生する尺八

さて、みなさんは尺八の演奏と聞いて連想するのはどんなことでしょう? 時代劇に出てくる虚無僧? 長い筒状の和楽器? フーフーしている音? ほとんどの方にとって、これといったイメージがありません。それらの曖昧な知識をぶっ飛ばすために、まずは中村仁樹さんの演奏を聴いていただくことにしましょう。

■曲「風の旅人」

いかがでしたか? これこそ、和楽器マジック。きっちり体系化された西洋音楽とは違う、「楽」そのもの。音声ではない器楽の奏でる不思議です。形容しがたいけれど、心のどこかが揺さぶられてくる。なぜでしょう?

ご承知のように、和音階は学校で習った音階とは違います。無理やり、西洋音階で対比させてみると、ファとシの音がない。ド、レ、ミ、ソ、ラの5音階。ギター奏法でいうペンタトニックです。

その理由は、いかに自然界の音と共生するか。そのために、風、雨、虫、鳥、動物など、自然からの贈り物としての音源を使っているのです。だからこそ、どんな音でも表現できるように、シンプルな音階になっている。シンプルは未発達ではなく、すべてを包含した結果として単純になっているだけ。最も高度と言えます。まさに、バイオフォニー、ジオフォニーがここにありました。

西洋音楽を聴きなれている現代人にとっては、曖昧そのもの。気持ち悪いと言えばそうだし、心地よいと感じることもある。吹奏楽器である尺八は、それが際立っています。風や空気の音を、積極的に演奏に組み入れているので、フーフーのイメージはあながち間違いではありませんね。

いろんな種類の尺八の写真

このあたりのことを、中村さんにお伺いしてみました。いまや邦楽界の若きリーダー的な存在にもなっている方の想いです。

「和楽器は、音階の間の音までも表現している。風を例にとってみましょう。風にはいろんな風がある。優しい風は、気持ちよくて癒やされる感じがする。しかし、強い風が吹けば怖いと感じる人が多い。不思議ですね。

それは倍音の仕業。自然界には人間の耳に聞き取れない音が存在している。例えば、ドの音を出しても、実は別の音も混じっているのです。倍音というくらいですから、周波数の倍の音。尺八は、こうした自然界のささやきや叫びを自在に表現することができる楽器なのです」

そのおかげで、人には聞こえない音を通して、自然がくれる瑞々しさ、畏敬感、期待感、高揚感などを感じることができる。あなたの心に経験したことのない風が吹くのです。

尺八は、人間の想像力、生物としての記憶を呼び起こす、音のマジシャンと言えるかもしれませんね。

中村さんのステージは、尺八のことをわかりやすく教えてくれます。そのひとつが、この不思議な音の出し方。首振り三年ころ八年、聞いたことがあるかもしれません。首を振っただけで音が変わる。ころころという謎の音も出せる。ちょっと、中村さんの音の出し方を聴いてみましょう。

■尺八の演奏の仕方

面白いでしょう。自分でこんな音が出せたら、ストレスもぶっ飛びますよね。試してみませんか。

尺八の歴史を振り返ってみると、雅楽の一部として奈良時代に唐から伝わったもの。当時は、格式の高い楽器でした。さらに鎌倉時代になると、禅宗の隆盛とともに、声明の節をなぞる楽器としてとても重宝されました。室町時代に入ると、時代劇でおなじみの虚無僧が登場。修行として全国を行脚し、尺八が一般の人にも知れ渡ることになったのです。あの一休さんも尺八の名人だったとは。

このように歴史から見ても、尺八は神仏と密接な楽器。自然界の霊性は、お手の物なのです。