翔べない女たちの恋日記

ホットケーキとパンケーキ、どっちが好き?(前編)

文:原田 ひ香 10.04.2018

都会の街角で繰り広げられるあまたの恋愛シーン。仕事熱心で職場からも信頼され、夢中で日々を過ごしているうちに、ふと気がつけば30代半ば、あっという間にアラフォーというお年頃──そんな男女の複雑に絡み合った恋心を、星の数ほど恋の落ち穂拾いをしてきた達人・ヒカルがひも解いていきます。

       

「田中麻衣(たなかまい)、35歳、出版社で営業をしています」

 わかりました、というように私はうなずく。さあ、話を続けなさい、というように、目でも合図した。
 なぜなら、私の手にはスパークリングワインのグラスが握られていて、口の中もその泡でいっぱいの状態だったから。
 さわやかなスパークリングだった。柑橘系の香りに、ほのかにアーモンドのニュアンスが感じられる。初秋にぴったりだ。

「彼は42歳、やっぱり、別の業種で営業をしているんです。そろそろ次長になるかもしれない、と言っていました」
「おお、なかなかの出世じゃないですか。会社は堅い業種なんですか」
「あ、ええ。普通のメーカーです。普通の、と言っていいか。まあ、何が普通か、というのは人それぞれですが」

 営業といえども、どこか面倒くさい女の匂いがするのは、出版社勤務のためか。もう一度、田中麻衣の姿をじっくりながめる。肩までの髪に小さめの金のピアス……そう特殊なスタイルをしているわけではないが、細いセルロイドのメガネが、幾重にも層が重なった凝ったデザインをしており、眼鏡専門店で買ったんだと一目でわかる。

「どこで知り合ったんですか」
「ワイン会も兼ねた、異業種交流会です。友だちに誘われて」
「なるほど」
「まあ、お互い営業ですから話も合いまして」
「でしょうね」
「とんとん拍子に一度食事でも、という話になりまして。そうそう、家の方向も一緒で」
「いいじゃないの。それって、つきあい始めには重要だよね」
「彼はスーツとかはそうおしゃれな感じじゃないし、顔立ちや髪型も普通のサラリーマンなんですけど、意外にものなれた感じでちゃんと誘ってくれたから嬉しかったです」
「意外性にやられたんですね」
「ほら、私たちくらいの歳で婚活パーティで知り合う男って、女性とはぜんぜん口が利けないのも多いんで、すごくよく見えたんですよ。しかも、彼、結構、本を読む人なんです。それも、おじさんの典型みたいな、司馬遼太郎とかじゃなくて、女流作家もよく読んでいて」

 内心、女性作家の作品をよく読むなんて男はやっかいだ、と思っていた。小説を読むだけで希少種なのに。普通じゃないってことは何かある、ってことだ。

 私、田原ヒカルはラジオドラマ作家、アラフォーである。ラジオドラマ作家と名乗るのは、それが唯一の署名仕事だからだ。数カ月に一度、民放で15分のラジオドラマを書くのがレギュラーの仕事だ。
 他にも、放送作家のまねごとや占いライターやエロゲーのノベライズとか、頼まれればなんでも書く。目黒区の小さなアパートに猫と一緒に住んでいる。

 一番好きなのは、シャンパンとヒレ酒です。
 相談者のメールに、私はこう答えることにしている。1番と書いているのだから、どちらかに絞るべきだろうと思いながら、どちらも選べなくて、2つ並べる。

 時々、占いライターをしているせいか、いつの日か、私は占いを含んだ、恋愛相談をしてくる女子が増えてきた。実際、少し勉強もしている。四柱推命と占星術、手相ならなんとかなる。得意なのは手相だ。なぜなら、手相なら、その相手と直接会えるから。
 そして、おいしいご飯とおいしいお酒を飲ませてくれるなら、私は無料(ただ)で相談に乗る。最近では一週間に一回や二回はこうして人と話していることが増えた。
 ただし、相談内容はドラマやエッセイのネタとして使わせてもらうかもしれない、ということは最初から言ってある。
───なんでも好きなものを飲ませますので、どうか、話を聞いてください……。
 そんなメールが毎週のように届くようになった。

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