インタビュー 情熱と挑戦の先に

【中田正司】「人生は芸術作品」、8回転職したハワイ起業家の半生

生き方の原点に迫る:中田正司(起業家・会社経営者)前編

十代目 萬屋五兵衛 06.09.2016

ハワイ島でネイチャーツアー会社を経営する中田正司氏。60歳を超えた今でも海に潜り、人々を大自然へといざなう。過去に経験してきた仕事は美術関係や寿司職人など8種類、そして40代後半に天職を手にした。人生を芸術作品と見立てる中田氏の半生に迫る。

日本人が自由に海外旅行を楽しめるようになって約50年。今や老若男女が当たり前のように海外旅行に行っている。

旅行先として常にトップに君臨するのが、毎年約150万人を超える人が日本から訪れているハワイだ。主要8島で構成される米国50番目の州であるハワイは、「常夏の楽園」とも言われている。過ごしやすい気候、日系人の多さなどといった好条件もあって、ハワイへの移住を考える日本人は多い。結果、その「憧れの土地」で生活を送るようになった日本人も一定数存在する。そのくらいに人気の土地がハワイだ。

最近特に人気が上昇しているのが、ハワイ諸島の中で最も大きく、世界中の人々から「BIG ISLAND」の愛称で呼ばれているハワイ島だ。観光地として知られたハワイ諸島の中でも、ハワイ島は大自然が色濃く残っている。その面積は四国の約半分。多少無理をすれば、自動車を使って1日で1周することも可能である。

ハワイ諸島最大の島、ハワイ島は大自然の息吹を感じさせてくれる

周囲を透明度の高い海に囲まれたハワイ島のダイナミックな景色の数々は、大きな島という愛称そのものだ。実際、四国の半分程度となる面積に、富士山を越える4000m級の山が2つも存在し、活火山もある。数百年前あるいは数年前に流れ出た溶岩流でできた、太古の時代を思い起こさせる自然界の姿は、訪れた者を圧倒させる。

現在も活動しているハワイ島のキラウエア火山

またハワイ島には地球上にある13種類の気候のうち11もの気候があると言われ、季節や場所によって様々な顔をのぞかせる。大自然をストレートに感じさせてくれるその魅力が、世界中の人たちを惹きつけている。しかし残念ながら現在日本からハワイ島への直行便はなく、ハワイ諸島の玄関口であるオアフ島・ホノルルから飛行機を乗り継がないとたどり着けない。

そんなハワイ島で、後発ながら1人で観光ツアー会社を立ち上げ、いまやリピーターが後を絶たない人気の会社に育て上げた男がいる。中田正司だ。

彼は決して楽園に憧れや夢を抱いて移住したわけではない。人生を折り返した時期と言っていい40代後半にたどり着いた場所が、たまたまハワイ島だったという。ましてや当時、中田はプロのツアーガイドではなかった。

「この会社をハワイ島に設立するまでに、8回ほど仕事を変えています。やっと、自分の居場所を見つけられました。それまでは、築き上げたものを全部捨てて、裸一貫で次のところに行ける性格だったんです。でも、このハワイ島に来てからはもう17年が過ぎました。これまではまさに、天職にたどり着くまでの旅だったような気がしています」

その転身歴は、いわゆるエリートのそれとは程遠い。映画やドラマのセット美術のアシスタント。入店当日から即席寿司職人。街で1番人気のレストラン経営者。ヘリコプター操縦学校の教官。ホームセンターのトップセールスマン。極貧の彫刻家。ワタリガニの輸入業者。洋書管理会社の特別待遇営業部長。そして、現在はハワイ島におけるツアー会社の経営者である。

よく言えば、チャレンジと失敗を糧に、自由奔放な生き方を貫き、海外で成功を収めたバイタリティーあふれる人生である。だが悪く言えば、目的が不明確で、芯のない、行き当たりばったりの生き方にも見える。

しかし中田は「納得できる人生になるなら、過去にはこだわらない」と語る。

「人生は完成するまで、自分が納得するまでやり続け、あとは人が決めてくれる芸術作品をつくることに似ていると思うんです。だから妥協なんてできないし、するものではないと思います。自分も手探りの中で、その“作品づくり”に奔走してきました」

自分が天職と感じられる仕事に就いている人は、果たしてどのくらいいるだろうか。多くの人は、自問自答を繰り返しながら、生活を維持するための収入を基準にして、どこかで妥協しながら暮らしているのが一般的であろう。

そうした生き方が一般的な世の中の流れに逆らうように、中田は夢と現実のバランスを模索し続け、そしてハワイ島で自身が言うところの天職にたどり着いた。

中田の半生を通じて、自分の人生を作品として創造するという“芸術”の在り方を追う。

(本文敬称略)

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