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だし醤油を作ったのは印刷屋!?四万十の「地域商社」に迫る

文:秋元 しほん 09.24.2015

だし醤油やドレッシングといった食料品を開発・販売している印刷屋が、高知県・四万十川地域にある。地域のフリーペーパーから発展した「地域商社」のマルチぶりから、地元企業の在り方を探る。

ある食品展示会で、「我家(うち)のだし」とラベルが貼られた透明なビンが目に留(と)まった。ビンの中には小さなかつお節が入っていた。

「それ、高知の宗田節です。家にある醤油(しょうゆ)を入れて2~3日置くと「だし醤油」ができるんですよ」と、ブースの中から満面の笑みで男性が説明してくれた。

「へぇ~」と商品に再び目を落とし、ビンの裏側に貼ってある表示を見ると「製造:せいぶ印刷工房」と書いてあった。

「印刷会社が作ったんですか?」「そうです。うちで作った商品なんですよ」と満面の笑みで答えてくれたのは、せいぶ印刷工房の代表取締役、細木紫朗(ほそぎ・しろう)氏である。

せいぶ印刷工房の細木紫朗代表取締役。手に持つのが同社製のだし醤油製品「我家(うち)のだし」

「自宅にある醤油を入れて、2~3日置くとだし醤油ができるんです。入っているのは土佐清水産のかつお節です」。細木氏はいつも間にか横に立って、キャップを開けながら説明を続けていた。

「あゆのだし醤油もあるんです。どうぞちょっと舐(な)めてみてください。いい香りでしょう。かつおの旨(うま)みがギュッと詰まってて、何でも美味しくなりますよ」

テンポよく商品の試食を勧めながら笑顔で話す細木氏。自然とこちらも笑顔になる。商品を思う気持ちが伝わってくる。もっと話を聞きたくなった。

なぜ印刷屋さんが食品を作ったのか。なぜ「だし醤油」なのか。どうやったらこんなに楽しそうに商品のプレゼンができるのだろうか。印刷屋さんが作っただし醤油の秘密に迫る。

すべての起点となったフリーペーパー「はたも~ら」

我家(うち)のだしを作った企業、せいぶ印刷工房は、高知県四万十市にある社員数18名の印刷会社だ。主に、ポスターやチラシ、冊子などの地域の商業印刷を行っている。

紙からデジタルの時代に変わり、印刷業界は厳しい環境におかれている。だが、せいぶ印刷工房は地元企業や商店から根強い支持を受け、この地で30年以上印刷機を回し続けている。いわば「街の頼れる印刷屋さん」なのである。

根強い支持を受けている理由のひとつが、細木氏が行っている「四万十市を元気にする」活動だ。

その活動の代表例が、10年前から発行し続けているフリーペーパー「はたも~ら」である。実は、冒頭に紹介した「だし醤油」を製造し始めたきっかけとなったのがこのはたも~らなのだが、それは追って紹介していこう。

「はたも~ら」の第一号

四万十市は日本最後の清流と呼ばれる四万十川が流れる緑豊かな地だ。市の大半は山林で、四万十川の自然を求めて、県外から観光客が数多く訪れる。中でも欄干がなく水面の低い位置に設置されている沈下橋(ちんかばし)と呼ばれる橋は、川の上を歩いているような気分を味わえる有名な観光スポットだ。

沈下橋を通る時、まるで川の上を歩いているような気分になれる

また、四万十川は豊富な魚介類や青のりの産地としても知られている。日本でも数少ない天然のウナギや鮎、テナガエビ、ウツボなどが獲れる。いずれも味や食感がたまらない。特にテナガエビの素揚げはお酒のおつまみにピッタリ。四万十市とその近辺だけでも観光とグルメが濃厚に楽しめる、実に“おいしい地域”なのである。

落ち鮎(あゆ)漁の様子
テナガエビの素揚げに塩をまぶすと、実にお酒によく合うおつまみになる

フリーぺーパーの「はたも~ら」という名称は、宿毛市、土佐清水市、大月町、黒潮町、三原村、四万十市を合わせた地区の名称である「幡多(はた)」に由来する。幡多地区の情報を網羅するから、はたも~ら。スタッフ全員が意見を出し合い名付けた。

今年で創刊10周年を迎えたが、当初はいまのように立派な冊子ではなかった。はたも~らの前身は、5~6社を広告主として集めた地元新聞向けの折り込みチラシである。

細木氏が経営するせいぶ印刷工房では会社案内、広告、商品パッケージなどの印刷を手がけている。商談の相手は主に地元企業の経営者である。当時、商談中に経営者から「四万十に来るお客さんに商品やサービスをアナウンスするチラシがあったらいい」という意見をよく耳にしていた。また同時に彼らの「でも自分たちではできないから」と断念する声も聞いていた。

10年ほど前の当時、3万部の折り込みチラシに掛かる費用は1回当たり20万~30万円程度。地元の中小企業1社ではなかなか負担しにくい金額である。

そこで細木氏が考えたのが共同で作る折り込みチラシだった。広告を出したい企業や店舗を複数募集して数社で費用を割れば、負担は少ない。このような呼びかけに応じて、数社が集まった。

ただ、実際に折り込みチラシを発行してみたものの、チラシの効果は残念ながらあまりかんばしくなかったという。チラシを読む人は四万十市とその周辺に住む人で、観光客が目にする機会はほとんどなかったからだ。

また、チラシという情報媒体に由来する課題もあった。チラシに載せられた商品やサービスの情報は地元の人にも有益と考えられたが、たいがいの人は、チラシは保管しない。役に立つ情報が載っていたとしても、チラシだということで、すぐに捨ててしまう。なので、商品やサービスの情報が読み手の記憶に残りづらかった。

ひるがえって地域全体の状況を見てみると、幡多地区それぞれの企業や店舗が独自にチラシを刷るなどして情報発信に努めていたが、観光スポット情報や美味しいお店の情報などをまとめて閲覧できる情報媒体がなかった。

幡多地区は四万十川を代表する観光地区である。せっかくの見どころが埋もれてしまうのはもったいない。幡多地区をもっと知ってもらうツールを作りたい。細木氏がそう考えていた頃、取引先の担当者から、徳島県の脇町で展開しているフリーペーパーの話を聞いた。

早速、脇町のフリーペーパーを制作している人から話を聞き、それを参考にしながら細木氏は見本となる冊子を作り上げた。お手製の見本を持って「こういう情報冊子を発行したい」と地元の企業や店舗をまわり始めた。

そして折り込みチラシから約1年後の2005年、フリーペーパーのはたも~らが誕生した。分量としてはわずか16ページだが、幡多を思う細木氏の気持ちと、地元の人々の気持ちが結集して形になった瞬間だった。

はたも~ら第1号の見開き

幡多地区の情報が掲載されているはたも~らは、観光客だけでなく幡多地区の住民たちの情報源としても好評を博した。間もなくはたも~らは地元では知らない人はいないと言ってもいいほどの人気フリーペーパーに育っていった。

はたも~らはここから今に至るまでの10年間、細木氏や周辺の企業・店舗を勇気づける原動力となっている。