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結婚と子宝を呼んだ、重富さんの「奇跡のビール」

ビールで日本を元気にする、広島の「ビール伝道師」の物語 第1回

文 / 写真:須田 泰成 03.03.2016

「ビールサーバーで入れた普通の生ビールが、こんなに美味しいなんて」。広島の「ビールスタンド重富」を訪れた人は、口をそろえてこう驚く。ビールの伝道師・重富寛さんの人と活動に迫る。

3年前の冬。夕暮れ時、広島を代表する繁華街・流川エリアの通称・仏壇通りそばにある「ビールスタンド重富(しげとみ)」に若いカップルが現れた。

酒屋の一角で立ち飲みができる、いわゆる角打ちスタイル。レトロな冷蔵庫の上に大きさの異なるビールサーバーが2つ。店内の客たちは、全員が生ビールを飲んでいる。ビールは、クラフトでもプレミアムでもない、普通のアサヒ樽詰生だ。

「おかえりなさい」と、落ち着いた物腰で迎える白衣のマスターに、彼氏であろう男は、誰も聞いたことがないような注文をした。

「あの、実は、ぼくは生ビールが大好きなんです。それなのに彼女は、ビールが大嫌いで飲めないんです。でも、今日、彼女が、あなたの大好きなビールで乾杯したいって言ってくれて。それで、思い切って来たんです」

狭い店内に静かな動揺が広がった。ビールが大嫌いな客がビールを飲みに来たのだ。驚いた客同士が顔を見合わせている。

男の注文をかみ締めるように聞いていたマスターは、目を閉じて少し考えた後、男に淡々とした口調で伝えた。

「7分ほどお待ちいただきますが、よろしいですか?」

「はい!待ちます」と、男は答えた。

そして、およそ7分後、若いカップルの前に現れたのは、次の写真のようなビールだったという。

左が、ビール好きの男に出したビール。右が、ビール嫌いの彼女に出したビールである

左が、ビール大好きな彼氏のための一杯。右が、ビール大嫌いな彼女のための一杯。

カップルは、それぞれのビールを手に取り、「乾杯~」と声をあげた。

グラスがぶつかりあう音がカチーンと響き渡る。

ビール大好きな彼氏が迷わず飲み始める。

「こんなパンチのある生ビール、初めてだよ」と、声をあげる彼氏。

その隣で、ビール大嫌いな彼女は、おそるおそるグラスに口をつけている。

他の客が固唾を飲んで見守る中、彼女のグラスの底が少しずつ上がり、彼女の喉が小さく鳴るのが聞こえた。

4分の1ほど飲み、グラスを置く彼女が、彼氏に向かって言った。

「このビールおいしい! あなたが好きなビールを一緒に飲めてうれしい!」

笑顔の彼女に彼氏が、さらに笑顔を重ねた。

「ぼくも君とビールで乾杯できてうれしいよ!」

そんなビールスタンド重富は、男女の絆(きずな)が深まり、出会いの生まれる酒場である。

ある日、1人の男性と1人の女性が別々に来店した。混み合っている折、マスターは2人に相席を依頼した。

そして時が流れ、2人は一緒にビールスタンド重富にやって来て、こう言った。

「今日は記念日なんです。どうしてもここで乾杯したくて」

マスターが不思議な顔をしていると、2人はこう続けた。

「実は今日、入籍しました」

さらにその1年後、「赤ちゃんが誕生した」と、報告に来た。

広島のビールスタンド重富。

奇跡を生むビールの秘密は、どこにあるのか?