「正しい気候シナリオ」はない

――スキャンケさんはTCFDのメンバーを務め、2017年6月に発表された「提言」の策定にも関わりました。気候変動に焦点を当てたシナリオ分析や将来の財務関連情報開示は、SDGsにも広がっていくようですね。

 日本企業は気候変動のシナリオ分析をどのように進めるかに苦慮しています。世界の企業はどうですか。

スキャンケ 世界で多くの企業が苦慮しています。シナリオ分析は難しいことですが、これは企業経営に役立つ思考の手法です。

 願わくは、投資家と企業とが対話を重ね、どのように気候変動のリスクを管理するか、意思疎通を図ってほしいですね。PRIは署名機関投資家に対し、TCFDに基づく情報開示を活用する手助けを進めます。

PRIが2017年に発行した署名機関投資家向けSDGs投資の事例集

 時間はかかるでしょうが、対話を通じて企業がリスク・機会の分析に取り組み、真摯に戦略を取るなら、企業への信頼が増し、投資家は安心して眠れるようになります。

 TCFD提言に基づく情報開示に関して、投資家にとって重要なのは、シナリオが現実的かどうかです。大局的には化石燃料が代替エネルギーに移行するなかでも、天然ガスが必要な地域や、別のエネルギーを生かす地域もあるでしょう。投資家にとって重要なのは、「あるシナリオが正しくて、それにのっとるべきだ」という主張ではありません。企業ごとに様々なシナリオを想定し、様々な側面からリスクを評価をすることが重要です。

 投資家と企業との対話の過程で、リスク評価の基になるシナリオ分析のプロセスやストーリーが進化していくだろうと思います。

――企業にとって都合のよい、たった1つの将来像だけに注目していてはいけないのですね。

スキャンケ そうです。将来における社会の姿を幅広く描き、それぞれのシナリオにおいてリスクに対する耐性を示すことが重要です。

 その企業が望むたった1つの「予測」を描くのでは十分ではありません。考えられるシナリオを幅広く示す必要があります。

 ただし、投資家が様々なシナリオを持つ企業を比較する過程において、共通で使われるスタンダードのようなシナリオや分析プロセスも設定されるかもしれません。とはいえ、シナリオ分析は始まったばかりの試みです。スタンダード化されるまでには、時間がかかるでしょう。

責任投資原則(PRI)議長 マーティン・スキャンケ氏(写真:中島正之)