「世界に食糧危機は訪れない」「食糧は過剰生産されている」……。農業問題に関して、刺激的で逆説的とも言える分析・提言を行ってきたことで知られるのが、東京大学農学生命科学研究科の川島博之准教授だ。川島氏は「食糧自給率は問題ではない」と指摘する。そこにとらわれることがむしろ日本の農業の衰退を加速し、事態を悪化させると警鐘を鳴らす。コメ偏重の考え方を改め、競争力のある分野に集中し、生産性を高めることこそが解決への道だと指摘する。こうした氏の主張は、世界人口の推計値や各地の農業生産に関する統計、穀物の取引価格、貿易額など、様々なデータを駆使してマクロ的な視点から導かれている。ここでは、世界の食糧事情と農業に関する動きの中で、今後、日本の農業が進むべき道について聞いた。

――この8月9日に、農林水産省から平成28年度の食料自給率が公表されました。カロリーベースで見ると38%とこの10年で最低の数字になりました。この現状はどう考えればよいのでしょうか?

川島 38%というのは確かにこの10年で最低の数字ですが、実際には2007年度の40%からほとんど変わっていません。取り立てて驚く数字ではありませんし、特段騒ぎ立てるものでもありません。実際に、農林水産省は、天候不順によって単位面積当たりの収量(単収)が落ち込んだことが原因と言っています。

東京大学農学生命科学研究科の川島博之准教授。著書に『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』『「食糧自給率」の罠』など多数 (写真:高山和良)

日本の農業に何らかの大きな構造変化があったのではなく、何十年というゆるやかな変化の中での数字です。実はこのゆるやかに変化しているというところに大きな問題があります。問題の本質は、食糧自給率が低いことではありません。実は世界を見てみればカロリーベースでの自給率が低くても、強い農業国というのはあるのです。例えばオランダがそうです。

日本の問題は、自給率を上げようと考えて、主食のコメを過度に保護しながら、いびつな農業のあり方にしてしまったことにあります。そして、今もその根本の考え方が変わっていないため、対策の方向性も変わらないまま現在に至っていることが最大の問題なのです。

食糧問題と農業問題の様々な捉え方が間違っているためにこういう罠に陥っています。具体的には、世界を取り巻く情勢をきちんとした統計データで理解した上で、日本の食糧自給率はどうあるべきなのか、そして日本の農業はどのような方向に進むべきなのかを、根本から考え直す必要があります。

恐ろしいのは食糧自給率が低いことではない

――どのように考え直せばよいのでしょうか?

川島 まず根本的な問題が何かを明らかにしなくてはいけません。恐ろしいのは食糧自給率が低いことではなく、日本人が飢えることなのです。これについては明らかでしょう。

食糧自給率の低いことを問題視するのではなく、飢えることがないように日本の農業をどう変えたらいいかを考える必要があるということです。

そう考えていくと、日本の農業が取るべき方向性が見えてきます。

――日本の農業の取るべき方向性とは?

川島 一言で言うと、選択と集中ということになります。

かみ砕いて言うと、コメ偏重をやめて収益性の高い農産物に重点を置くこと、つまり選択です。そして、集中の方は、集約化と効率化を進めて海外での競争力を高めるということになります。つまり、担い手の数を増やすのではなく減らしていくのです。そうすることによって一人当たり、一戸当たりの耕作農地が増えます。同時に機械化や技術の高度化など進めることで生産性を上げていきます。こうすることによってコストが下がっていくため、海外でも競争力のある農産物を作ることができるようになるのです。

誤解されるといけないので補足しておきますが、何もコメをやめろと言っているわけではありません。今のような偏重はやめてほどほどに作ればいいということです。そして、できるだけ競争力のある分野に絞り込んでいくこと。日本人が持つ勤勉さがあれば品質の高さを保ちながら、こうした改革を進めることができるはずで、こうした形で日本の農業の再生が図れると考えています。

今の日本の農業界はこれとは逆のことをやっています。