一般消費者ではなく、シェフやパティシエのニーズに応える――。こんなユニークなマーケティングを展開しているのは、柑橘王国として知られる愛媛県だ。県内で生産している柑橘類の香りや味わいなどを詳細に分析した結果、食材としての柑橘類には、消費者に向けた生果とは違った時期に「ピーク」がくる可能性があることを見い出した。一方、高知県大豊町では、400年の歴史を持つ発酵茶の味わいを科学的手法で「見える化」、ブランド化を大きく後押しした。今、自治体は科学の力をどのように市場開発に活かしているのか、その最前線を追った。

日本の生鮮食品売り場では、消費者の心を捉える「甘さ」「糖度の高さ」をうたい文句とする果物が目立つ。新しく開発される品種も、その糖度の高さが話題となることが多い。そうした中、果物の持つ甘さや香りを科学的に分析、市場に別のアプローチができないかと考えた自治体がある。柑橘類の生産量日本一で知られる愛媛県だ。

愛媛には、温室栽培も含めほぼ1年を通して出荷される温州みかんをはじめ、4~6月に出荷される河内晩柑など、通常の柑橘類の旬である冬場だけでなく、1年を通して多種多様な柑橘類がある。近年品種登録された、皮が薄くゼリーのような食感の果肉を持つ「紅まどんな」、シャキッとした食感に濃厚な甘さを持つ「甘平」のように、個性的な特徴を持った新種開発にも余念がない柑橘王国だ。

数年前からは、都市圏のパティシエやシェフとコラボレーションをする事業を進めてきた。愛媛県産の柑橘を食材として積極的に使ってもらおうという狙いがある。

愛媛の伊予柑パフェ(左、日比谷キハチ カフェ)と、愛媛の「紅まどんな」を使用したスイーツ (右、目黒モンサンクレール)(写真提供:料理王国(c)Takahiro Imashimizu)

「そうした取り組みの中で、最近の柑橘は香りが弱い、甘味が強く酸味のバランスが悪いといった感想がでてきたのです」。こう語るのは、愛媛県農林水産部農政企画局ブランド戦略課地産地消グループ主任の坂本幸恵氏だ。

生で食べておいしいものと、食材として使うときにおいしいと感じるものは違う。言い換えれば、シェフやパティシエのニーズは、一般消費者のニーズとは違うのではないかという課題が浮上してきたのである。そこで同県では、2017年度の首都圏・近畿圏への県産農産物のPR事業「えひめスイーツ都市圏PR事業」の一環として、県産柑橘類の甘さや香り(におい)、果皮の苦味などについての科学的な分析調査を、味と香りの分析およびコンサルティングを手がける「味香り戦略研究所」に依頼した。

「食材としての柑橘」に求められるニーズを探る

2018年2月7日、東京大学駒場キャンパス内で「えひめ みきゃんラボ シンポジウム」(主催:料理王国)が開催され、愛媛県の取り組みが紹介された。同県とコラボレーション事業を進めている、銀座のミシュラン二つ星店「エスキス」のシェフパティシエ、成田一世氏も登壇した。

「えひめ みきゃんラボ シンポジウム」(主催:料理王国)では愛媛県の取り組みが紹介された(写真提供:料理王国(c)Takahiro Imashimizu)

柑橘類の甘さや香り(におい)にはどのような特徴があるのか、分析結果について講演したのは、味香り戦略研究所 研究開発部 主任研究員の高橋貴洋氏。今回、分析対象としたのは、愛媛県の特産品であるイヨカンのほか、野生のミカンといわれるシークワーサー、海外にも知られる日本の代表的柑橘類であるユズ、食材として使われることが多いレモンなど、大まかな柑橘類の指標となりそうな数種の柑橘類だ(注:カボスは大分産を使用)。

味香り戦略研究所 研究開発部 主任研究員の高橋貴洋氏(写真:編集部)

分析の結果、「甘さ」と「においの強さ」の関係について、図1のような結果が得られた。いずれの果実も熟すに従い甘さは増すが、においについては品種ごとに異なることが分かる。カボスやレモンは緑から黄色へと実が熟すに従ってにおいが強くなるが、ユズやシークワーサーは弱くなり、変化の幅も品種によって大きく異なる。

図1 甘さと「においの強さ」
縦軸は糖度(Brix)、横軸はにおいの強さを示す。品種によりにおいが強くなる時期が異なることが分かる(熟す前、熟した後の数値のないものは、分析期間中、果実の成熟度などにより結果が得られなかったもの)(資料提供:味香り戦略研究所)

さらに、熟成したときのにおいの変化についても分析した。現在、柑橘類のにおいの元となる「揮発性成分」は1124種類ほど確認されている。この分析では、品種ごとに、熟す前後で、確認される揮発性成分の数がどのように変化したかを調べた(図2)。柑橘類は熟すと、においが強くなる傾向があるが、品種によっては必ずしも揮発性成分の数が減る(=味が単純化して食べやすくなる)とは限らないことがわかる。

例えばカボスは、熟すとにおいが強くなり甘みが増すが、揮発性成分の数は100個から64個に大きく減る。言い換えればにおいが単純化して、食べやすくなる傾向がある。これに対し、レモンは熟すとにおいが強くなり甘みも増すが、揮発性成分の数はほとんど変わらず、においが単純化する傾向はみられない。

図2 色付きによる揮発性成分数の変化
縦軸は揮発性成分の数。カボス、イヨカンなど5品種について、熟す前後で揮発性成分の数がどのように変化したかを示す。熟しても、品種によっては揮発性成分の数が必ずしも減る(=味が単純化して食べやすくなる)とは限らないことがわかる(資料提供:味香り戦略研究所)

「分析の結果、シェフやパティシエの方が、『豊かな香り』を求める食材として、カボスやユズを用いる場合には、完熟する前に収穫のピークがあると考えられます」と、味香り戦略研究所の高橋氏は話す。

柑橘類とお酒とのマリアージュを追求

次に高橋氏は、お酒など他の食品との組み合わせ方に関する分析結果を披露した。

一般に、においが似ている食品同士は合わせやすいことが知られている。例えば、日本酒、ワイン、赤白ワイン、ビール、ジンなどの酒類の揮発性成分と、イヨカンの揮発性成分との比較。日本酒は、121の揮発性成分のうちイヨカンと共通する成分は7に留まるのに対し、ジンでは66の揮発性成分のほぼ3分の1である23の成分がイヨカンと共通しているという。つまり、日本酒よりジンの方がイヨカンには合わせやすいということが、データより読み取れる(図3)。

図3 共通化合物をみつける
お酒と愛媛県産のイヨカンとの共通する揮発性成分を調べて比較した。日本酒は121のうち7つしか共通しておらず合いにくいが、ジンは66のうち23が共通しているため相性がよいことが分かる(資料提供:味香り戦略研究所)

シンポジウムの席で、シェフパティシエの成田氏は「愛媛県は10月の温州みかんに始まって、デコポン、いよかん、甘夏など、ほぼ1年を通して柑橘類を供給できる。そこに、私たちシェフが肉や魚、お酒などとのマリアージュを当てはめていけば、その年間カレンダーはお客様に対して大変なアピール力を持つと思います」と、生産者との連携の大切さを強調した。

講演する「エスキス」のシェフパティシエ、成田一世氏(写真:編集部)

愛媛県では今回の分析結果を、来年度以降の市場開発に生かしていくという。

「これまでは生食でおいしいと感じる時が、柑橘類を収穫するベストシーズンでしたが、シェフやパティシエのニーズに応えようとすると収穫時期が変わってきます。さまざまな品種について、香りを重視する場合はこの時期がベストシーズン、味わいを重視する場合にはこの時期がベストシーズンといった新しい提案を行うとともに、生産現場にフィードバックをしていくことを検討しています」と、愛媛県の坂本氏は今後を展望する。