50年以上にわたって資源量を減らし続けるニホンウナギ。その絶滅に“待った”をかける切り札として注目されているのが「完全養殖」技術だ。一般のウナギ養殖では天然の稚魚(天然シラスウナギ)から成魚に育てるのに対して、養殖ウナギの受精卵から孵化させ育てた稚魚(人工シラスウナギ)を使うため天然資源に負担をかけない。2010年に実験室レベルでの成功が報告されて以来、ゆっくりと着実に進化しているが、ウナギ資源の激減という状況の下、一刻も早い実用化が望まれている。今回は、この分野で先端を走る国立研究開発法人 水産研究・教育機構 増養殖研究所に最新事情を聞いた。さらに、流通の現場でも、最大手のイオンが持続可能なウナギ調達方針を発表。資源保護の大きな動きが生じている。こちらも併せて紹介する。

完全養殖で育ったニホンウナギの成魚とシラスウナギ(国立研究開発法人 水産研究・教育機構 増養殖研究所 南伊豆庁舎にて撮影。写真:高山和良)

この7月17日、ニホンウナギの「完全養殖」技術をリードする国立研究開発法人 水産研究・教育機構から一つの重要な発表があった。養殖ウナギの卵から育てた合計300匹の人工シラスウナギを民間の養鰻企業2社に無償提供するというもの。2社は、鹿児島鰻(本社:鹿児島県曽於郡大崎町)と山田水産(本社:大分県佐伯市野岡町)という、いずれも鹿児島県志布志市に大規模な養鰻場を持つこの業界の大手だ。

2社は提供を受けた人工シラスウナギを1年間養殖して、生残率や体重変化などの育成データを取り、水産研究・教育機構にフィードバック。同時に人工シラスウナギの育成ノウハウを蓄積する。国立の研究機関と民間の養鰻企業ががっちり協力して「完全養殖」に取り組むことになる。ニホンウナギの「完全養殖」を実用化するための大事な一歩となりそうだ。

養殖した親魚の受精卵から育てたシラスウナギ(人工シラスウナギと呼ぶ)。水産研究・教育機構の中で、ウナギの完全養殖の技術開発を担う増養殖研究所から、鹿児島県志布志市に養鰻場を持つ養鰻大手2社にそれぞれ150匹ずつの人工シラスウナギを無償で提供。2社はそれぞれの養鰻池で、出荷サイズに育つまでの1年間、生残率や体重変化などのデータを記録し、増養殖研究所にフィードバックする。人工シラスウナギは、天然シラスウナギと厳密に区別するために別の養鰻池で育てる。成魚にしたものは市場には出さない。増養殖研究所では、フィードバックされたデータを利用し、人工シラスウナギの育成技術の改善と「完全養殖」の実用化などに役立てる(写真提供:国立研究開発法人 水産研究・教育機構)

現在のウナギ養殖は、100%天然のシラスウナギに依存している。われわれが普段口にしている養殖ウナギは実は“半・天然もの”と言っていい。

日本や東アジアの川や河口で育った天然のニホンウナギは成熟すると、生まれ故郷であるマリアナ諸島近くの海域まではるばる泳ぎ帰り、そこで産卵して一生を終える。その受精卵から孵化した仔魚(幼生)が黒潮に乗って移動しながら成長し、天然のシラスウナギとなって日本を初めとする東アジア諸国の沿岸にたどり着く。日本のウナギ養殖は、この天然シラスウナギを捕獲したり輸入したりして養鰻池に投入し、成魚になるまで肥育している。

一方で、養殖した親ウナギの受精卵から育てた人工シラスウナギを養鰻池で成魚になるまで育てる技術が「完全養殖」だ。完全に実用化されれば、極端な話、天然のシラスウナギを獲らずにすむため天然資源にまったく負担をかけずにウナギの養殖ができる。資源保護のためにも、将来にわたって日本のウナギ食文化を維持するためにも、きわめて重要な技術なのだ。

ニホンウナギの「完全養殖」のサイクル。養殖ウナギの受精卵から稚魚であるシラスウナギを育て、そのシラスウナギを成魚である養殖ウナギに育てる。養殖魚だけで卵、稚魚、成魚、そしてまた採卵というサイクルができれば天然資源に負担をかけない養殖となる。図は水産庁の資料「ウナギをめぐる状況と対策について」(2018年7月)から

ニホンウナギの「完全養殖」が初めて成功したのは、2010年のこと。旧・水産総合研究センター(現・国立研究開発法人 水産研究・教育機構)が実験室レベルで初めて成功させた。それ以来、少しずつではあるが、実用化に向けてにじり寄るように進んでいる。

水産庁もニホンウナギの「完全養殖」の実用化スピードを速めるために、毎年、億単位の大きな予算を投入している。最近では、2017年〜2020年の4年間にわたる「ウナギ種苗の商業化に向けた大量生産システムの実証事業」をスタートさせた。2018年度はこの事業に3億1000万円の予算を付けている。

この事業は、水産庁によれば、「水産研究・教育機構を中心に産学官の連携によって、ウナギ種苗の商業化に向けた大量生産を加速させるシステムの実証試験を実施する」というもの。ウナギ種苗は人工シラスウナギのことを指す。つまり、ニホンウナギの「完全養殖」を実用化するために、国を挙げて、人工シラスウナギの大量生産技術の基礎固めを急いでいるのだ。

また、こうした動きとは別に、独自開発を進める民間企業もある。現在は、海外への技術流出の怖れもあるため、「完全養殖」技術の関係者が特許や論文、学界発表などに細かく神経を使いながら水面下で激しくしのぎを削る開発競争が進んでいる状況と言える。

10年先までに実用化が見えてきた!?

では、ウナギの「完全養殖」はいつ頃、実用化されるのだろうか。

現時点で量産化技術が確立できていないので、関係者の見方はおのずと慎重だが、10年のスパンで考えれば明るい見通しが見えているようだ。世界のウナギ博士として知られる、日本大学生物資源科学部の塚本勝巳教授は「個人的な意見としては、10年くらい先には事業化も何とかなるのではないか」と語っている(7月17日掲載の「ウナギを絶滅させないために、今、日本人ができること」を参照)。

水産研究・教育機構 増養殖研究所 ウナギ種苗量産研究センター長の山野恵祐氏(写真:高山和良)

水産研究・教育機構 増養殖研究所の中で、ウナギ種苗の大量生産技術の確立を担うウナギ種苗量産研究センター長の山野恵祐氏は「人工シラスウナギを何年に何匹生産できると言えるほど、きちっと研究は進みません。最善を尽くすとしか言いようがありませんが、どのような道すじをたどっていけば商業化できるかという技術開発の方向性は見えています」と、楽観視はしていないながらも、手応えを感じている。

実用化のポイントは餌と水槽

「完全養殖」の肝とも言える、人工シラスウナギの大量生産技術を実用化するための壁は大きく二つある。一つは餌の問題、もう一つが飼育水槽の問題だ。

餌については、ニホンウナギの受精卵から孵化させた後、直後の幼生であるプレレプトセファルス、次の仔魚と呼ばれるレプトセファルス、そしてそれが変態したシラスウナギといった、いくつかの成長ステージのうち、一部のステージで食べる餌の問題がまだ解決できていない。現時点では、アブラツノザメという魚の卵を原料としているものの、この魚自体が絶滅危惧種*。現在はそれなりの量が流通しているため、今すぐ困るということはないが、商業レベルで大量生産しようとするならアブラツノザメの卵を主体とした餌からは脱却する必要がある。

*IUCN(国際自然保護連合)レッドリストで絶滅危惧IB 類(EN)になっている。ニホンウナギと同じ区分だ。

写真左上:成熟した雌のニホンウナギから採卵しているところ。右上:受精卵。下:ニホンウナギの幼生(レプトセファルス)。(いずれの写真も提供は国立研究開発法人 水産研究・教育機構)

新しい餌の開発については「かなりめどがたっている」(山野センター長)。

「魚粉であるとか鶏の卵黄などを主体とする餌がある程度できていて、実際に使いながら、その改良を進めています。あるステージについては既にアブラツノザメ卵を主体にした餌と同等かそれ以上の生残率や成長を示しています。ただ、ちょっと問題のあるステージがあるのでそこについて問題が起こらないように飼料の中身、配合を入れたり出したりしながら研究をしています」と山野センター長。

ただ、この新しい餌についても「まだまだ改良の余地がある」(山野センター長)。というのも、天然の受精卵の場合ではシラスウナギになるまでの日数は130〜140日くらいだが、人工シラスウナギは非常に早いものでは150日くらい、平均で200数十日かかっている。「まだ根本的に足りていないところがある」というのだ。

餌の原材料の改良に加えて、現時点ではペースト状にして与えている給餌方法なども含めて最適解を探り当てていく必要がある。今後の餌開発の進展に期待したいところだ。

自動給餌システム付きの新しい水槽の開発へ

水槽については、2010年当時のものは10〜20リットル程度の小さな水槽だったが、その後大型化を進め2013年に6月に1000リットルの大型水槽による飼育実験がスタートして成果を上げてきた。現在は、さらに次の水槽の開発に取り掛かっている。

左:水産研究・開発機構 増養殖研究所 南伊豆庁舎の1000リットル大型水槽(写真:高山和良)と、その構造図(図提供:国立研究開発法人 水産研究・教育機構)。二槽に分かれ、水流によってウナギの仔魚が二つの連結した水槽間を移動する。仔魚が移動していなくなった方を掃除する。水槽の材質は塩化ビニールなど安価で耐久性の高い素材を使用した

水槽開発のポイントは、その形状と給餌の自動化だ。

「現在の飼育方法では、人件費が大きい。というのも、人手で2時間に1回、給餌して水槽をきれいに掃除するという人間がやる作業の部分が多い。ウナギ以外の、種苗生産ができる魚種の場合はプールで飼えます。だがウナギはまだ水槽飼育のためどうしても人件費がかさんでしまう。この人件費を少なくするための水槽を開発していますが、どういう大きさでどういう形の水槽が人の手間を考えた面から効率的なのかを勘案しながら開発を進めています。さらに、給餌についても自動化することに取り組んでいます」と山野センター長。さらにこう続ける。

「種苗生産を事業規模にしようとすると普通は大型化が進みますが、最初の頃の小さいボール水槽で飼育する場合に比べて仔魚の生残率が低い。大きさについては全体的な効率を考えた時のベターなポイントがあり、かつどういう形にすればいいかを調べているところです。必ずしも大型化がいいかどうかはわかりません。ある意味農業工場のような形で、ずらりと水槽を並べてつくるようなイメージで取り組まなくてはいけないのか、という視点でやっています。生残率の目標値としては10%になるとだいぶいろいろなことができると思います。一番いい場合では10%を超えることもあるので決して夢ではない数字です」

このほかにも、水産研究・開発機構では、ニホンウナギの優良種苗をつくるためのゲノム研究などを専門とする部署があり、連携して育種研究を進めている。現時点では、シラスウナギになるまでの期間が長いというのが問題で、この期間が短いもの同士を掛け合わせてさらに短くする研究も行っている。

シラスウナギの需要は年間1億匹

シラスウナギの重さは0.2グラムほど。2006年から2018年の池入数量の平均値が21.2トンだから、国内の養鰻業はざっと年間で1億匹ほどのシラスウナギを必要としている計算になる。

現在、水産研究・開発機構 増養殖研究所が作れる人工シラスウナギの数は年間で1000〜2000匹のレベル。1億匹との間には5桁の違いがある。現時点ではとてつもなく遠い数字に見えるが、1000〜2000匹というのはあくまでも一研究機関の現時点、つまり研究段階での生産量になる。技術ステージが研究段階から、開発、試作、量産へとステップを踏んでいけば生産規模はその度に跳ね上がっていくはずだ。さらに、複数の機関・企業が切磋琢磨すれば、生産量増大のスピードは加速する。年間1億匹のシラスウナギのうち一部だけを人工種苗でまかなうと考えれば、10年を待たずに実用化されることが期待される。

イオンが発表したウナギ調達方針

流通の現場でも、ウナギの取り扱いについて大きな変化が生じている。今年の6月18日、イオンが2023年までの「ウナギ取り扱い方針」を発表したのだ。

イオンでは、具体的に、次の四つの取り組みを進める。
① イオンで取り扱うウナギは、「ニホンウナギ」と「インドネシアウナギ」の2種に絞り込む
② 2023年までに100%トレースできるウナギの販売を目指す
③ 「インドネシアウナギ」については持続可能性を担保するための保全プロジェクトを推進する
④ ウナギ以外の原材料を使用した蒲焼きの商品開発を進める

イオンは、この取り扱い方針を策定し自ら遵守することによって、ウナギ資源の枯渇防止に貢献する。同時に、日本の伝統食とも言えるウナギ食文化を残すことを目指す。

そもそも同社では2006年に、持続可能な方法で獲られた天然水産物を認証する「MSC認証」(海のエコラベル)商品の取り扱いを先駆的に始めている。さらに養殖の水産物についても、2014年には、環境や社会に配慮した養殖場で生産された水産物の認証である「ASC認証」を取得した商品を、アジアの小売業として初めて販売するなど、持続可能な漁業を支持する取り組みを積極的に進めてきた(MSC認証とASC認証*については『日本の魚と漁業に変革を迫る「MSC認証」という“黒船”(前編)』『オリンピックで「海のエコ」が加速する!?「MSC認証」という“黒船”(後編)』を参照)。今回の方針はウナギについても、こうした「持続可能な調達」方針に組み入れるものだ。

*「MSC認証」は天然の水産物に対するもので、「海洋管理協議会」(Marine Stewardship Council、以下、MSC)というロンドンに本部を置く非営利団体が定めた基準に則った漁業に与えられるものを指す。「ASC認証」は、この養殖版とも言えるもの。オランダに本部がある「水産養殖管理協議会」(Aquaculture Stewardship Council、以下、ASC)の基準に則った養殖業に対して与えられる

イオングループ商品戦略部マネージャーの山本泰幸氏。イオングループの商品戦略で水産を担当する。ニホンウナギの「完全養殖」技術の実用化には大きな期待を持っている。もし実用化されれば、調達方針も大きく変わってくるという(写真:高山和良)

「我々としてもウナギの資源問題を含めて今後、食として継続し続けることができるのかという問題に対して1つの提言を出していかなくてはらないということで、これまでもいろいろな取り組みをしてきました。例えばウナギを代替可能な商品にシフトしていくものとして、ASC認証を受けたパンガシウスという養殖魚の蒲焼きを販売する取り組みをしてきましたが、今回は、改めて明確な方針を出させていただきました」と同社グループ商品戦略部マネージャーの山本泰幸氏は語る。

ニホンウナギとインドネシアウナギに絞る

イオンが過去に販売してきたウナギには、ニホンウナギ、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギ、インドネシアウナギの4種があった。これを今回の方針でニホンウナギとインドネシアウナギの2種に絞った。ヨーロッパウナギは絶滅危惧種として「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い種」としてニホンウナギやアメリカウナギよりも一段危険度の高い「絶滅危惧ⅠA類」に指定されていて、ワシントン条約でも取引が禁止されているため、既に取り扱っていない。それに加えて、今回、シラスウナギの採捕地までトレースすることが非常に難しいアメリカウナギについても取り扱いをやめることにした。

同社ではニホンウナギとインドネシアウナギ、この2種だけを取り扱いながら、2023年までにシラスウナギの採捕地まで100%トレースできるウナギだけを販売していく。「供給側の責任として違法なものは排除していくことが大事」(山本氏)だからだが、それはとりもなおさず、トレース率100%にいかないニホンウナギの取り扱いが減ることにもつながる。

ニホンウナギについては既に販売数量を減らしている。意識的に数量を減らすだけではなく、テレビコマーシャルをやめたり、持続可能な他のモノにシフトしていくことで、結果的に減っているという側面もあるという。

インドネシアウナギの持続可能性の担保については、「ヨーロッパウナギを禁止しているヨーロッパ側から見ればニホンウナギを食い尽くした後で次はインドネシアウナギという批判はあるし当然出ています」と前置きした上で「持続可能な養殖ができる可能性があるということでこちらにシフトしていくことになる」と語る。

保全ノウハウをニホンウナギにもフィードバック

今回「インドネシアウナギ(ビカーラ種)保全プロジェクト」に取り組むに当たっては、ウナギでは世界初となるFIP(漁業改善プロジェクト)*をインドネシアで本格的に開始し、インドネシアウナギのシラスウナギ採捕の「MSC認証」取得を目指す。

*FIP:Fishery Improvement Projectの略で、漁業改善プロジェクトと訳される

同社では、このプロジェクトによって蓄積されるノウハウを、ニホンウナギの資源管理に応用することも検討していく。こうした取り組みを通じて持続可能なウナギの調達を実現し、日本伝統の食文化の継承に貢献する。

「インドネシアウナギについては絶滅危惧種ではなくて、現時点で資源はけっこうあると言われています。それをきちっと再生産可能な形でやっていこうという取り組みになります。だからこそ、その裏づけをとるための手段として、われわれが以前から信頼しているグローバルスタンダードのMSC認証・ASC認証の要求事項に則っていこうということです。これは資源回復ではなくて、絶滅危惧種にならない再生産可能な利用ということを目指した取り組みです」(山本氏)。

流通最大手のイオンがこうしたウナギの調達方針を決め、実践していくことの意味は大きい。ウナギを取り巻く情勢を大きく変える可能性を秘めている。

「完全養殖」というテクノロジーの進化、そして流通現場で起こったウナギ調達の変化、さらに、こうした情勢の動きに反応する消費者の動向など、これからニホンウナギを巡る動きはめまぐるしく変化していくだろう。ニホンウナギという貴重な資源を守れるか、そして鰻食という日本の伝統的な食文化を守れるか、これからの10年が正念場になる。いや、もっと下世話な言い方をしてしまえば、われわれ日本人が今後もウナギの蒲焼き、うな丼、そして鰻重を食べ続けていけるかどうか、それはこの10年で決まる。